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打上げ花火



遠くで花火の打ち上がる音がしていた。

身体の底に響くような音に惹かれてベランダに出る。ひゅるりと打ち上がる音、ぱっと花咲く音、そして微かに聞こえるぱらぱらと散りゆく音。確かにここまで聴こえるのに、目を凝らしても空は伯林青色の闇のままで観ることはできなかった。観に行きたかったなぁと少し感傷的な気持ちになる。まだチャンスはあるかもしれないけれど。

SNSには夏らしい動画が数多く上がっていて、打上げ花火もそのひとつなのだけれど、画面の向こう側で記録された花火は少し味気ない気がしてしまう。打上げ花火は、風に揺り流れてくる火薬の匂いや喧噪とともに、刹那的な光と音を直に楽しむ方がいい。

季節の風物詩をいいなぁと思いつつも、私はそれをうっかり逃してしまうことが多い。目的地まで高速をひた走るうちに、可惜目印を通り越してから「しまった」と後悔する感覚に似ている。1日、ひと月、1年と、時の流れは等しく同じはずなのに、子供の頃とは体感が全く違うように思う。ぼんやりしていると移り変わる季節に取り残されてしまう。

人はジャネの法則から逃れられないのだろう。でも科学的に解明されていないだけで、加齢に呼応してデッドラインへの加速装置が作動する仕組みがあって、実はDNAレベルで組みこまれているのではないかと思うことがある。だとしたらしかたないなと納得できるのに。

そういえば最後に逢ったのは5月だったなと思い出して、父に連絡を入れた。少し前に近況を尋ねるmailをもらっていたのだけれど、その時点でははっきりした休暇予定がわからなくて、そこには触れずにさらりと返信した。いつも待ち構えているのだろうかと思うほど父の返信は早いのだけれど、それだけ交流が減っているのかもしれないと思うと遣る瀬ない。世代的にmailが不得手な父のつたない文章から、約束を喜ぶ想いが透けて見えてなんともいえない気持ちになった。

そういう親の想いを私はすぐに忘れてしまうのだけれど、肺癌の治療を拒んで緩和を選択した父との時間はそう長くない。刻々と近づいてくる期日を後悔で終わらせたくないなぁと思う。せめてもう少しまめに連絡を入れよう。


ベランダから浴衣を着た人の流れが見えた。
振り返った今日が、彼らにとって楽しい思い出になっていることを密かに願う。



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