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誓約の地/漂流編・139<生誕(6)>


誓約の地/漂流編・139<生誕(6)>











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 顔にかかる日差しで目が覚めた。

 眩しさに少し目を細め、ヒョヌはゆっくりと辺りを見渡していく。

 軽い重みを感じる右腕に目をやると、腕の中で寝息を立てている優奈が見えた。

――おはよう。

 起こさないように声をかけ、その額にキスをする。

 その瞬間、優奈がもぞもぞと動いて少し驚いた。

 思わず息をひそめて様子を伺ったが、優奈はそのまま寝てしまった。

 あまりの可愛さにヒョヌの頬が緩む。

 少し顔にかかっている髪をそっと梳かして、暫く寝顔を見ていた。

――喉が痛い。

 自分の腕の中で丸くなる優奈との時間も捨てがたいが、酷く渇いた喉が張り付いている。

 ヒョヌは暫く思案した後、ゆっくりと腕を抜いた。


 部屋を出ても、教会はひっそりと静まり返っていた。

 裸足のまま廊下を進み、礼拝堂を抜けて食堂へ向かう。



「あれ? 杏子ちゃん?」

 椅子に腰かけて外を眺めている杏子を見つけ、「おはよう」と声をかけた。

 振り返った杏子は呆れたように笑っている。

「おそようね。もう夕方近いわよ?」

「だね」

「ちょうどよかった。お腹空いてない?」

 そう言われて杏子の指差した先を見ると、2人分の食事と水が用意してあった。

「空いた! いいの?」

「もちろん。2人用に持ってきたの」

「ありがとう。腹ペコだ」

 そう言ってヒョヌは杏子の向かいに腰かけた。

 皿に盛られた果物とペットボトルの周りに水滴が光る。

 野菜を煮込んだスープは仄かに湯気が立ち上っていた。

 本当にちょうどいいタイミングだったらしい。

 ヒョヌは真っ先にペットボトルを掴んで、そのまま飲み始める。

 程良く冷えた水は、少し柑橘系の香りがした。

「生き返った」

 ほっと一息つくヒョヌに、杏子が苦笑する。

「そうでしょうね。お昼ぐらい食べればいいのに」

 意味ありげに呟く杏子の、すべてお見通しだと微笑む視線が痛い。

「随分静かだな。……みんなは?」

「それぞれよ。彼らなりに気を使ってるんじゃない? 昨日からみんな近寄らないわね。住居区には」

 杏子の揶揄した表情の意味は察しが付いたが、ヒョヌは軽く笑って受け流した。

「それは……悪いことしたな」

 苦笑するヒョヌに、杏子は軽く首を振る。

「いいんじゃない? 年に一度なんだし」

 そう言われても苦笑するしかない。後で何を言われるか想像がつくからだ。

――厄介なのは、修平だな。

 ヒョヌはちょっと天井を仰いだ。

 それでも、まぁいいかと軽く伸びをして、食事を再開するヒョヌに杏子が声をかける。

「ねぇ、優奈は?」

「ん――、まだ寝てる」

「あらあら」

 それからヒョヌの食事中、2人は他愛も無い話をしていた。

 その話題の中心にいるのは、そこにいない優奈だったが。



 その時、またドアが開いた。

 優奈が目をこすりながらフラフラと食堂に入ってくる。

「おはよう」

「んっ……おはよう」

 ヒョヌを見つけた優奈は、嬉しそうに微笑んだ。

「ここにいたの?」

 目覚めて隣にいないヒョヌを探していたのだろう。

 まるで吸い寄せられるように真っ直ぐヒョヌへと向かっていく優奈を、杏子は笑ってみていた。

「まだ眠そうねぇ。食べる?」

「うん。美味しそう」

 ヒョヌが席をひとつ譲って、自分の隣を指差している。

 席に着くと、嬉しそうに果物へ手を伸ばした優奈を見て杏子が笑う。

「一晩でツヤツヤしちゃって」

「何が?」

「あなたが」

 優奈は杏子を無視して食事した。

 フルーツを次々に口にし、果汁の付いた指を時々舐める。それが妙に色っぽい。

 ガっついてはいないが、いつもよりおおせいな食欲に杏子も呆れた。

「いつもより豪快ね」

「お腹すいてたの」

「この時間まで籠っていれば当り前よ」

 意味深な杏子の視線を優奈は黙って受け流した。

 杏子の突っ込みはいつものことだ。

 ここで相手になってはますます突っ込まれる。

 それを十分承知している優奈はそのまま食事を続けていく。

――あらま、そう来たか。

 自分を軽く無視する優奈から視線を外し、杏子はヒョヌに向き直った。

「そんなに良かったのかしら?」

「……な、何言ってるのよ」

 手に持ったグラスに冷えた水を注ごうとして、優奈は思わず手を止めた。

 抗議する優奈の声を軽く無視して、杏子はヒョヌに笑いかける。

「もしかして襲われちゃった?」

「襲われてはいないけど――」

 片肘をついたまま優奈を見ていたヒョヌは、そう言ってちらりと杏子へ視線を送る。

「優奈が放してくれなくてね」

 その一言に優奈がむせて、杏子は思わず噴き出した。

「それは張り切っちゃうわよねぇ」

 爆笑する杏子の前で、優奈はまだケホケホとむせている。

「ねぇ」

「な、何よ?」

「そんなに良かったの?」

「…………」

「ヒョヌさんって凄いのね!」

「どうかな?」

 ヒョヌが優奈を見る。

「どうなの?」

 杏子が優奈を見る。


 そのまま沈黙が流れ、優奈の顔に2人の視線が突き刺さった。

「もう……2人ともキライ」

ぷいと横を向いてむくれていた優奈を見て、ヒョヌと杏子が笑った。

「酷いな。あんなに頑張ったのに嫌われた」

「そうよねぇ。食事もせずにこんな時間まで……残念ね」

「そこじゃないでしょ!」

「あら、そこは良かったのね?」

「そっ……そういうことじゃなくて!」

 気付けば、俯いたヒョヌがくつくつと声を殺して笑っている。

――最近ヒョヌさんも、「優奈の愉しみ方」を憶えたらしい。

 思わず笑いがこみあげる。

「良かったじゃない。頑張った甲斐があったわね」

 杏子はそう声をかけ、頬杖をついた。

「いや。……優奈がね」

 その瞬間、紅い顔をした優奈が更に頬を膨らませてヒョヌの胸を叩いている。

 その腕を掴んで笑いながら謝るヒョヌは、なんだかとても嬉しそうだ。

「ビックリねぇ。そんな優奈、初めて聞いたわ」

「そうなの? へぇ。……良かった」

「なにが?」

「だって、僕しか知らないってことでしょ?」

 嬉しそうに笑うヒョヌの背中を優奈が思い切りはたいた。

「いてっ」

「もう、知らない!」

「わかったわかった。痛いって――」

 何度もたたかれ、ごめんと謝るヒョヌはの顔には全く反省の色が無い。

 一生懸命抗議する優奈を余裕でかわすヒョヌは、どう見ても楽しんでいる。

――バカバカしくて、やってられない。

 杏子は呆れて肩を竦めた。

「嬉しそうな顔しちゃって。御馳走さま。あとはごゆっくり」



 そう言うと、杏子は席を立った。

 ドアの前までくると、後ろで優奈をなだめるヒョヌの声が聞こえる。

 杏子は軽く肩を竦めて、そのまま食堂を後にした。
















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Comment

もしかして……優奈ちゃん、できちゃいました?(///▽///;

食事の好みとか反応とか見ていると、そうとしか思えないような……///
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