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誓約の地/漂流編・135<生誕(2)>


誓約の地/漂流編・135<生誕(2)>



嵐が去り、穏やかに過ぎていく時間を取り戻した優奈達。
しかしその生活で感じはじめた不安は、優奈の中でゆっくりと確実に広がっていた。

その不安にようやく気付いた杏子は?






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「そんなことないよ」

「嘘おっしゃい」

 杏子は優奈の反論を一蹴した。

 あの一件以来、コウジが教会で夜を過ごすことは少ない。それは彼自身が望んだことで、その話は決着しているはずだった。

 それでもやはり浮きがちになるコウジを庇うように、修平は時々コウジを海へ連れ出して話しかけている。

 杏子もそのことに異存はない。彼なりの想いを感じているからだ。コウジを許したわけではなかったが、それでも修平の行動を黙って見守っていた。そして徐々に他のメンバーも変わらない生活に戻っている。

 しかし2人のベッドは左右の壁へ1つずつ付けられたままだということに、杏子は2カ月が経とうとしている今頃知った。優奈を呼びに2人の部屋を訪れて杏子は初めて気が付いたのだ。

 身体の傷も癒えていなかった頃、 優奈とヒョヌが互いのベットを離して寝ていたことは知っている。だがすでに身体の痣や傷は消えているはずだ。

 しかし穏やかに語りあい、冗談を言いながら楽しげに笑いあっていても、2人は離れて休むのを止めていなかった。

「なんかおかしくない?」

 温泉につかりながら杏子は優奈にそう切り出した。

「何が?」

「あなた達が」

 杏子の言葉に、優奈は「そう?」と肩をすくめる。

 優奈は無言で話を切り上げると、ゆっくりと移動して温泉から上がった。

 杏子もそれに続く。

 身体を拭き、着替えをしませた後、温泉のそばにしつらえてあるベンチに腰をおろす。ほんのりピンク色に染まる火照った肌を鎮めるために、泉のほとりで涼むのは恒例だった。

「ヒョヌさんに何か言われたの?」

「何も言われてないけど? 大丈夫よ。オッパは相変わらず優しいから」

「じゃあ、何があったの?」

「……さぁ」

「優奈?」

「何もないわよ。何も」

 優奈は小さく笑った。

「風が気持ちいいね」

 そう言ってほほ笑む優奈の寂しそうな横顔を杏子は見つめていた。だかそれ以上は無理に問い詰めず、ただゆっくりと過ぎていく時間を共有する。

 その沈黙を破ったのは優奈の方だった。

「コウジくんのこと、あの決断を後悔はしてないの」

 暫くすると優奈は杏子にそう告げた。

「でも私は、そのことでオッパを縛ったんじゃないかって思ってる」

「……縛る?」

「そう。守れなかったことを後悔しているって言っていたでしょう? 今度こそ守るって。あの時のあの決断も凄く苦しかっただろうって思ってる。でも私を尊重してくれた。私が一番辛い想いをしたんだからって。それは凄く嬉しかったの。わかって貰えたって、思ったから」

「その通りだと思うわよ?」

「きっとこれからもそうするんだと思う。どんなに辛くても苦しくても、優奈のために――そう思って」

 視線を森に向けたまま、優奈が呟くように声をかける。

「ねぇ、杏子」

「なぁに?」

「私の体に傷……残ってる? 私の見えないところに」

 杏子は綺麗な眉を吊り上げるようにして優奈を見た。森を眺めたまま微笑んでいる優奈に一瞬息を飲み、小さく笑った。

 その笑顔はいつになく優しい。

 それでも暫く言葉を失っていた杏子は、ふっと力を抜いておどけるように肩をすくめる。

「ないわよ。前と同じ。つるっつる、すっべすべ、ぴっかぴかよぉ」

 そして優奈に抱きついた。

 暑いと笑いながらもがく優奈とひとしきり笑いあい、一息ついて優奈を放す。

「優奈。……それを気にしてたの?」

「気にしてない」

 吹き抜ける風で髪を乾かしながら笑う優奈に杏子は続ける。

「ヒョヌさんが、気にしてるの?」

「……気にしてないと思う」

 優奈は少し視線を落として躊躇いながら答えた。その言葉を聞いても杏子は無言で優奈を見つめている。

「オッパが気にしてるのは……たぶん、私の気持ち」

 優奈は持参したペットボトルの一つを杏子に手渡し、自分もそれを口に含んでいく。

「身体の傷は癒えても……男として自分が私に近づいたら、私があの日を思い出すんじゃないかって思ってる」

 杏子はなるほどと思った。

 あのヒョヌならそう考えるだろうと確信する。それでもその想いで当の優奈を追い詰めてどうするんだとため息をついた。

「自分から抱いてって言ってもいいのよ? 喜ぶわよ?」

 おどける杏子に笑いかける優奈の表情は、心なしか沈んでいる。

 それでも杏子はかまわず続けた。

「襲っちゃいなさいよ」

 その一言に優奈は首を振った。

「違うかも」

「何が?」

「そう思ってるのは私で……私だけかも。ホントは……他の男の前で平気で服を脱ぐような女、嫌なのかも」

「優奈!」

 杏子は思わず声を荒げた。それでも優奈はかまわず先を続ける。

「私を抱こうとすれば自分が思い出すから……嫌なのかも。本当は何かあったって思ってるのかも」

「そんなわけないでしょ!」

「わかんないじゃない。オッパがホントはどう思ってるかなんて」

 杏子は驚いたまま声も出なかった。その言葉で優奈の心が透けて見えた気がした。

 そして同時に、優奈の沈んだ笑顔のわけはこれだったのかと自分自身に腹を立てた。

 ヒョヌのそばにいる優奈は笑顔で過ごしている。何事もなかったように2か月近くが経ち、優奈とヒョヌは一見以前と変わらないように見えた。

 相変わらず2人は何でも相談していたし、一緒に行動することも多い。しかし日が経つにつれ、2人の微妙な空気を感じてはいた。

 だがそれだけだった。

 いつもならこんなことはない。いつもの自分なら優奈の異変にはもっと早く気付く。

 それは杏子自身も自分の中で揺れる感情に翻弄され、持て余す感情で周りが見えなくなっていたせいだ。

 そのせいで行動を起こすのが遅れた。

 それどころか気付くのにだいぶ時間がかかったことを杏子は歯咬みする想いでいた。

――2カ月の間、私は何を見ていたのだろう。

「聞いてみたの?」

「何を?」

「思ってることを。聞かなきゃ、話さなきゃわからないこともあるわよ?」

「そんなことないよって言うに決まってるじゃない」

 断言する優奈の言葉に杏子はこっそりため息をつく。

 心配していたことが現実になって、不安は目の前に積まれている。それはきっと優奈も同じだろう。

「抱いてって言えば抱いてくれる。抱きしめてほしいって言えば一晩中優しく抱いてくれる。本心でオッパがどう思っててもね。……オッパは、優しいから」

 優奈の言葉を聞きながら、杏子は優奈の心を案じていた。

 きっとヒョヌは、心からそんなことはないと言うだろう。それでもその言葉は今の優奈には素直に響かない。

 自分のために無理をしているのではないか、自分のせいで苦しんでいるのではないか。

 その想いが離れないせいで。

 それだけヒョヌが大切なのだろうと思う。失いたくないという想いは、人を強くもさせ弱くもさせる。

 相手を想う気持ちが相手への距離になっていく。

 そしてそれはきっとヒョヌも同じ。相手の心を見失い、相手への想いだけが募っていく。

「やっぱり、怖いのね」

 杏子の言葉に優奈も今度は反論しない。

 また静かな時間が零れていく。

 流れ落ちる水の音が岩に跳ね返って反響し、泉を覆う木々の間から落ちる光の帯が風に揺れていた。

 2人はむせ返る緑に光と水が踊る穏やかな時間を共有する。

「馬鹿ね。あなたは最高よ。美人で頭がよくて、スタイルも性格も申し分ないわ。 明るくて優しくてちょっとばかりお人好しで恥ずかしがりやだけど、自分を一途に愛してくれる、そんな女2人もいないわよ」

 残るいい女は私ぐらいねとおどける杏子に、優奈から少し笑顔が零れる。

 そうねと笑う優奈の横で杏子は空を仰いだ。

 緑で覆われた空の隙間から落ちる光に目を細めて、その向こう側を覗くように想いを馳せる。

「ヒョヌさんは優奈を心から愛してる。それは間違いないわ。無理なんてしてるわけがない。でももし優奈が言うようにそこに少しの無理があるのだとしても、それはさせておけばいいのよ。本気で愛した女を守るのは男の甲斐性よ。ああいうナイト症候群の男は特にね」

「ナイト症候群?」

「そう。『姫は私がお守りします』っていう、中世の騎士のような」

 なんだか似合うわよねと杏子が満足そうに笑う。

「そんなのあるの?」

 問いかける優奈に杏子は「今作った」としれっと答える。

 思わず優奈から苦笑が漏れた。

「優奈に愛されたくて、叶わなくても忘れられない男をたくさん知ってる。あなたにこんなに思われてるのに、彼があなたを嫌いになれるはずがないでしょう? いい? 私が言うんだから間違いないわよ」

 断言するいつもの杏子に優奈は「ありがとう」と言って微笑んだ。


 本当はそんな言葉では足りない。

 事あるごとに迷い戸惑う自分を、いつも当り前のように励ましてくれる杏子に感謝してもしきれない。それが当り前のことではないと、優奈はもうとっくに気付いていた。

 それでもつい甘えて頼ってしまう。出逢った頃からいつもそうだった。

 心配ばかりかけて、杏子の想いに甘えて、自分で自分が情けなくなるばかりだ。

 いつになったら自分は杏子のように彼女の支えになれるのだろうか。いつか杏子のようになれるだろうか。

 そんなことを考えていた。

「ありがとう」

 もう一度優奈が小さく呟くと、何言ってるんだかと肩をつつかれる。

「ホントに馬鹿な子ね」

 俯く優奈の顔を覗きこむと、杏子は優しく優奈の肩を抱いた。










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  • 2013/07/06 00:10
こんばんは~ 霞のように微風が湯気を漂わせる泉の岸。交差する会話の内容が機微に震えて、まるで綱渡りの自転車のイメージを感じました。そして、その揺れがだんだん収まっていく二人の表情の変化が見えるようです!

これが、だがしかし!?になるのでしょうか。まさに、待て!次号!!ですねw
  • 2013/07/06 19:33
  • HIZAKI
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こんばんは
これって、ヒョヌと優奈のラブストーリーなんでしょうけれど、どうも私には優奈と杏子姐さんの友情の方が重要に思えてしまう、そんな印象があります。ほぼ同時に杏子姐さんと修平の関係も、優奈&杏子姐さんほどには強固なものではないような。端的言うと、ヒョヌや修平は未来にいなくなる事もありえるけれど、優奈と杏子姐さんが二度と逢わなくなる事だけはないかな、という感じに。

優奈が男性にモテまくる事そのものは「へえ、こういう人がいるのねぇ」ぐらいにしか思わないのですが、この二人の友情と言うか、それ以上のつながりは羨ましいですね。この小説の真の醍醐味ではないでしょうか。
  • 2013/07/07 02:08
  • 八少女 夕
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もうこれは、事態を打開するきっかけとして、誰かがヒョヌさんに、胸の鬱屈を吐き出させるだけ吐き出させてそれを受け止めるしかないでしょうねえ。

それができるのは修平くんかコウジくんでしょうが、どちらがやってもたいへんな結果を生みそうであります。「その場の悪役」になるわけですから。

でもそれくらいの荒療治をしないと、どうにも動かないぞこのふたりの事態……。
鍵コメNさん
鍵コメNさん、こんばんは~~♪
コメントありがとうございます!!^^

毎週更新^^お気遣い頂いてありがとうございます!!^^
肝心なところが書けていないのですが(笑)出来る範囲で頑張ります

もういつもありがとうございます!!有り難い暖かい言葉に励まされます><。


優奈、やはりね。
色々なことを考えだすとキリが無いというか、まるで聖母のようにコウジを許した優奈でしたが、ヒョヌの前では1人の女性でしかないんです。むしろ恋愛経験の少ない人ですし。
ヒョヌはそんなこと考えてないよ~~と周りに言われても、実際のヒョヌとの間に開いてしまった距離感を感じて不安になっているのですね。この2人は大人の恋ではないなぁと思うところも多々あるのですが^^;それだけ一生懸命なんですよね。
心の傷はね、確かにあると思います。でもそれは乗り越えなくてはなんですが、そのキッカケとしてやはり「ヒョヌ」が重要なんですね。事件が事件だっただけに、恋人の反応というのはとても気になるところだと思うのです。

そうそう。鍵コメさんのおっしゃる通り、嵐が過ぎたからこそ感じる嫌悪感や苦脳もあって、それはヒョヌに、というより自分にという感じなのですが、それをヒョヌがどう思うのか、かなり揺れている証拠です。
こればっかりは、妖子姐さんが何かを言うことで解決できませんね~~。
やはりヒョヌが何とかしないと^^;;

相手を思う気持ちが相手への距離になっていく

ここがね。まさにおっしゃる通りで^^
もうビックリです!!ありがとうございます^^

相手を思いやる気持ちはとても大切ですが、この2人の場合、とくに人に対する思いやりや優しさが大きいのでこういうことになるのでは?と思っています。
これがまさにこの2人の弊害というか。相手を思いやる。。。それが過ぎたことで臆病になるってある気がするのです。

次回はヒョヌさんの想いですね~~^^
彼は最愛の優奈を不安にさせて、果たして何を思っているのか。
ヒョヌの本音が垣間見れる会になっていくと思います^^
良かったらまたお付合いくださいませ♪


  • 2013/07/07 21:16
  • YUKA
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HIZAKIさん
HIZAKIさん、こんばんは~^^
コメントありがとうございます!!

わぁ~~~~~!
形容して頂いた言葉で、この情景がとても鮮明に浮かびました!!
ここは私的に、木漏れ日の漏れる泉と源泉からの靄の中で
優奈と杏子の静かな会話がこだまする感じなんです。
話の内容もさることながら、2人の表情が浮かべながら書いた部分で
二人の表情の変化、心情の波を感じて頂けたと受け取って凄く嬉しいです!!^^

次回は、ヒョヌさんの本音です^^
ここまで優奈を不安にさせているヒョヌは何を思い、どう感じているのか――。
またお時間のある時に読んで頂けたら嬉しいです^^
  • 2013/07/07 21:22
  • YUKA
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八少女 夕さん
八少女 夕さん、こんばんは~^^
コメントありがとうございます!!

>優奈と杏子姐さんの友情の方が重要に思えてしまう

>この小説の真の醍醐味ではないでしょうか

私はこの文を読んで、素直に感動しました。そして感謝しています!^^
本来は恋愛小説を書いているので当然「恋愛」は主軸になっているのですが、ここに「友情」みたいなものも書いていきたいと思っているのです。以前どこかでお話していたのですが

男の愛情・女の愛情、男の友情・女の友情

それは私がこの小説を書くときに思っていたことで、それを色んな形で出していきたいと思っているのです。
優奈とヒョヌの恋愛が一応主軸なんですが、優奈と杏子の友情もかなり重きを置いています。
実際男の友情は美談が多い気がするのですが、女の友情って恋愛や利害で揺れるという風な言われ方が多い気がしています。ま、実際にもそういうことは多いのですが(笑)だからこそ、「女の友情も捨てたもんじゃないよね?」ということを意識して書き綴っています。

恋愛っていいよね~というだけではなく、友情っていいよねっていうことも含めて。そして男女の友情があってもいいでしょう?というような。現実には難しいですよね。でもだからこそ小説でならこういう形もいいのではないか、ということを考えていたりします。私のつたない文章でそれが書ききれるのかわからないのですが、優奈と杏子の絆みたいなものが書けたらいいなと思っています。

おっしゃる通り、この2人の絆や縁はとても深いです。
それは幼馴染だからというだけではなく、培ってきた過去に、想いの中にその片鱗があって、そしてここで出逢ったことによる4人の巡り合わせも意味があったのだというような。なぜ出逢ったのか、何故ここなのか、なぜ彼らでなければダメだったのか。そんな含みも考えながらです。

2人の過去はこれから先で描くのですが、彼女たちがどんなふうに過ごしてきたのか、それを彼らはどう受け止めていくのか。出来ればこの先も見守って頂けると嬉しいです^^


  • 2013/07/07 21:42
  • YUKA
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ポール・ブリッツさん
ポール・ブリッツさん、こんばんは~^^
コメントありがとうございます!!

>誰かがヒョヌさんに、胸の鬱屈を吐き出させるだけ吐き出させてそれを受け止めるしかないでしょうねえ。

そうですね~~~確かに。ですが修平やコウジではまだ役不足です(笑)
いるではないですか。優奈を誰よりも気にかけている百戦錬磨の魔女が(笑)

賢過ぎて臆病になっている女と、優し過ぎて腰砕けの男。

この辺を打破するのはね、ちょっとしたきっかけでいいと思うのです。
本当にすれ違っているのなら話は別ですが、相手を思い過ぎてできた距離なら近寄るキッカケがあればいいと。ただそれが掴めないでいるんでしょうね。

次回はヒョヌの腰砕けの理由です(笑)またまた美魔女が大活躍です^^;;


  • 2013/07/07 21:48
  • YUKA
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