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誓約の地/漂流編・133<懺悔(19)>


誓約の地/漂流編・133<懺悔(19)>



自分はこの目の前に立っている犯罪者と 
全く同じような罪人である
いや
自分こそ この目のまえに立っている人間の犯罪に対し
誰よりもさきに重い罪があるのだと自分から認識しないかぎり
この地上には
犯罪者を裁くことのできる者は存在しないのだ


*ドストエフスキー*





怒りが嘆きを呼びよせ、哀しみが連鎖する。

罪を前にもがきながら 答えを探し続けた
それぞれの<懺悔>最終話。




================================================




「なぜ……」

――なぜ、この人たちはそんなことが言えるんだろうか。

 今までと違う空気、その温度。

『お前は一体今まで優奈の何を見てきたんだ?』

 その通りだとあらためて思った。




 手に入らない彼女を壊してしまいたいと思った。この手で。

 でも俺のそんな邪な想いでは、壊すことなど出来なかったのだと思い知る。

 彼女をずっと優しい人だと思っていた。

 優しくて、温かくて、品が良くて、賢い。

 たおやかで、しなたかで、女性らしい思いやりのある女性――

 それは間違ってはいないけど、それだけではなかった。

 確固たる意志、揺るがない決意、それを持ち続けられる厳しさ。

 彼女は俺が思う以上に、強い人だった。




 彼女だってこの生活に悩まないわけが無い。苦しくないわけが無い。

 いつもそれでは息が詰まる。心が揺れることだってあるはずだ。

 実際自分が見てきた彼女は、色々なことがある度に、俺たちと同じように悩み哀しみ苦しんでいた。


 コウジは無意識にヒョヌを見た。

 そこには澄んだ瞳で静かに見下ろすヒョヌがいた。


 自分のために彼女を傷つけた自分と、優奈のためにと言い切った彼。

 自分の想いに夢中になって彼女の姿さえ見失っていた自分と、諦めてもなお、そのことを忘れなかった修平さんとの差。

 そして修平さんが唯一認める、彼女が愛したヒョヌさんとの差――。

 彼女が心を許し、甘え、頼ることができる相手。

『お前や俺がヒョヌさんに敵わない理由が、お前にはまだわからないだろうな』

――敵うわけなど、はじめからなかった。

 見た目や立場の違いじゃない。まして地位や収入などは関係がない。

 国籍も言葉の違いも何の障害にもならない。


『そんなこともわからねぇで、その程度の想いで、これ以上あの二人に割り込むんじゃねぇ』




 その通りだった。








「……申し訳、あ、ありません、でした」

 喉の奥に絡みついていた言葉が、コウジの口から自然と零れ落ちた。


 俺は……俺はずっと、優奈さんが好きだった。ただ、それだけだった。

 それだけは誰にも負けないと思っていたのに。


 彼女を知る度に好きになって、傍に居たいと願った。

 彼女の傍で笑顔を見て、それを独占したくなった。

 同じくらい愛されたい、愛し合いたいと欲するようになった。

 そして欲望は際限が無くなっていった。

 それが叶わないと思い知った時、いつの間にか全て壊してしまいたくなった。

「申し訳ありません……」

 今ならわかる。

 そこにあったのは愛しい人を想う気持ちなんかじゃない。

 貪りつくすまで終わることのできない欲望だけだった。

 愛しい人を欺いて追い込んで踏みにじった。

 いつの間にか、愛することさえやめていたんだ。

 謝って赦されることじゃないってわかってる。

 赦されなくてもいい。赦されないことをしたって思ってる。

 でも俺は優奈さんが好きだった。それは嘘じゃない。それは。

 でも――


「好きになって、ごめん」

 そう言って項垂れるコウジを、優奈は見下ろしていた。

 暫く沈黙が続き、優奈がゆっくり声をかける。

「人を好きになるのは、罪じゃない」

「でも――」

「好きになってくれて、ありがとう」

 呆然と見上げるコウジに、優奈は微笑んでいた。

 ヒョヌは心の中でため息をつきながら、無言で優奈の脇に立つ修平を見る。

 修平もまたヒョヌを見ながら微かに肩を竦ませていた。

「それでも、あなたの気持ちを受け入れることはできない。これから先も」

 だからごめんなさい――そう言って頭を下げる優奈を全員が茫然と見つめていた。


「いつからかあなたの気持はわかってた。あなたの視線にも気付いてた。でもあなたは何も言わなかったから、あなたがそう望んでると思ったから、あえて触れなかった。あなたの想いに気づいたのに、私は……無視していた。邪魔しないでとさえ思ってた。オッパのことしか考えたくなくて、自分の恋に夢中で、その時間があまりにも楽しくて、そんなにあなたを追い詰めてしまうなんて思ってもみなかったの。

 フェリーであなたが傍にいたのは憶えてる。この島に来た時も私にずっと親切にしてくれて。男性陣の中では一番年下だから、ついつい頼まれちゃう雑用も嫌な顔せず手伝ってたでしょう? いい人だなって思ってた。――でも私の気持ちは恋愛感情じゃなかった。

 私ね、遭難する2年半前まで韓国語話せなかったの。オッパのファンだってことは知っているでしょう? 最初、たまたまドラマを見てね。なんてカッコいいんだろう、なんて素敵な人だろう――そう思った。 それからネットで調べたりして、どんどんファンになった。彼が何を言ってるのか、どんな気持ちでどんなふうに語ってるのかが知りたくて、急いで韓国語を勉強した。

 杏子にも『この年になってスターにあこがれて留学しますって、大丈夫?』って言われてた。『日本でも韓流ドラマは人気だけど、留学する馬鹿はすくないわよ?』って。でもそんなことかまわないぐらい夢中だったの。ただのファンだし、彼は私の存在も知らなかったけど、 私は彼を知っていた。彼を好きだったし、彼に憧れてた。 俳優さんに夢中なんて、片想いとも呼べないけどね」


 そう言って優奈は小さく笑った。

 その眼は想い出の中の自分を懐かしむように揺れている。

「あなたが好きになってくれたのはオッパに夢中だった私。あなたが褒めてくれた眼も、笑顔も、彼に憧れてた私。だからこの島に彼がいなくても、他の誰も受け入れることはなかったと思う」

 コウジはそんな優奈を見つめていた。

 そっと微笑んでいるその顔も身体にも、まだ擦り傷や痣ができている。

 痛々しい姿なのにもかかわらずその顔は清らかだった。

 自分を傷つけた相手を気遣いながら、自分の想いを語る。

 それでも決してなびかない。

 やんわりと、毅然と。

 初めて聞いた優奈の想い。その口から告げられる終幕。

 今度こそ受け入れることのできないコウジの想いを、彼自身が断ち切ることができるように。


「コウジくんと同じように、傍にいることが嬉しくて話ができることが楽しくて、彼が私を見てくれてなくても仕方がないと思ってた。彼がスターだって知ってたから。でも今は……1人の女として彼の傍にいたいの」


 泉で想いが通じたあの日。

 嬉しくて切なくて、今度こそ愛していこうと思った。

 でもどこか不安で、自分の感情に翻弄されて戸惑ってもいた。

 それをいつも受け止めて支え続けてくれた彼に救われて、少しづつ、本当に少しずつ前を向くことが出来ている気がする。

「この先どうなるのかどうするのか、考えたらきりがない。正直不安だったり切なかったりすることもある。いつか助かって元の暮らしに戻った時、私が彼の足枷になるかもしれない。私の存在が彼を苦しめるかもしれない」

 それは確信めいた予感。

 こことはあまりにも違う、本当の現実。考えても答えの出ない課題。

 早く助かりたいと願ってきた。

 でも、そのいつかを先延ばしにしたいと願う自分もいる。

 ここでの生活になじむほど、楽しい、嬉しいと感じるほど、夢のように醒める現実が怖かった。

 相反する想いは徐々に大きくなって、時々不安で眠れなくなる。

「それでも……彼が差し伸べてくれた手を掴んだ事は、後悔しない」

 言葉を紡ぐ優奈以外、身じろぐものさえいない。

 礼拝堂の独特の空気の中で、静まり返った彼らは彼女の言葉を真摯に受け止めていく。


「今は彼を、愛しているの」


 厳かに清らかに響く優奈の声だけが、静かな礼拝堂に反響していた。









 いつの間にかコウジは泣いていた。

 頷くのも、認めるのも、諦めるのもコウジにはまだ苦しい。

 それでも優奈の心に他の誰かが入る隙など、どこにもなかった。

 それだけは、はっきりと感じることができる。

――そこに至るまでにどれだけ迷走していたのか、どれだけの想いを踏みにじったのか。

 その重さに耐えられるだろうか――?

 全ての終わりと同時に感じる犯した罪の意味と失ったものの大きさに、あらためて愕然とした。

――それでもこの人達は、手を差し伸べようとしている。

 そんな自分にかけてくれた、今までの自分にかけてくれていた気持ちが、何よりも重かった。

 その重さに今更気付いてしまった。

 それでもまだ間に合うというのだろうか。

 それでも望んでくれるのか。

 先の見えない「いつか」に向かって歩き出せと。



 あふれる涙を拭う事もできないまま、コウジは床に両手をついて激しい嗚咽を繰り返していく。

 自分の罪と恋の終焉――それでも。


『あなたは独りじゃない』




 声にならない叫びをあげ続ける彼は、ただ、懺悔をするように頭を下げた。



















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Comment

お久しぶりです゜。・:*+・

色んな感情が私の中で生まれて叫んでいた懺悔編。
静かに強く幕を閉じた感じです。

テーマが重かった。難しかった。
でも、

「……申し訳、あ、ありません、でした」

彼のこの言葉で涙しました。
私はずっと彼の口からこの言葉が欲しと思ってたの。
心からそう思って優奈にあやまって欲しかった。
ちゃんと罪に向き合って欲しかった。
それが出来ないなら死ねば良いのにとさえ思ってたから...
だから本当に嬉しかったのです。
罪は消えないけど、
コウジ、自分が何をやったのかよく考えて反省して欲しい。

修平が言ってたよね。
「決めるのは優奈だ」
私は最初、優奈の出す決断に絶対納得出来ないって思ってたの。
彼を許すんじゃないのだろうか?って思ってたから...
でも違ったよね。

優奈の決断は本当に素晴らしいと思いました。
ただ優しいだけじゃない、
本当に強い心を持ってる人、優奈。
でなければ、普通の人ではこの決断は出せないと思う。
(だって私なら間違いなくコウジを監禁してって言っちゃう)
周りの人の事や、亡くなった方達の事、
全ての事を考えている優奈は本当に凄い人だと思った。
「正しい人だ」「選ばれた人だ」と何度も思ってしまった。

そして悔しいが冷静な気持ちで対応してた修平。
今回だけは認めてあげよう。
あんた凄いよ!!ギリ(←歯ぎしり)


゜。・:*+・メイドモード゜。・:*+・
やっぱりメイドモードでも読んでしまう
杏子様の忠実な僕チョコ。
今回優奈様と意見が違って対立した時はハラハラでございました。
杏子様は何よりも優奈様第一。
(ああ〜〜ん!そんな優奈様が羨ましい〜ジェラシ〜〜〜)
ただ今回は優奈様がおっしゃった事が正しいと感じたチョコでございます。
もちろん杏子様が言おうとしている事も理解出来るのです。
今は杏子様もお心を痛めているのだと思います。
でも杏子様はとても賢い方。
私の美しい女王様。
望んでいない結果だとしても
杏子様も優奈様が出した決断が正しいと理解していらっしゃるはず...
お心を痛めた杏子様の為に
いつ帰って来ても美しい庭であるように
お屋敷であるように、お部屋であるように
チョコは今日も薔薇のお手入れをして
お部屋のお掃除をして薔薇のお茶を用意して待ってますからね。

修平は来なくていいから!



  • 2013/02/11 15:54
  • チョコ
  • URL
チョコさん
チョコさん、こんばんは^^
コメントありがとうございます!^^

重いテーマでしたよね。
呼んでくれてありがとう。
気がつけば、誓約の地のサブタイトルの中で、一番長くなりました。

彼らの遭難から、浮かれた恋愛話になって、本当はそれでよかったのですが
こういう隔離された世界では、やっぱりおかしくなる人もいるだろう
というのが始まりでした。
はじめは優奈と杏子、ヒョヌと修平を絡めたコウジの全部で4話程のものだったんです。
でも書きすすめていくうちに。。。
周りのみんなにだってそれぞれの立場や想いがあるだろうと。
年齢、性別、正確、立ち位置、価値観。
そういう違いから、色々な意見や想いが出るのは当然かなと思います。

そしてね。
主役4人だけの想いでは、コウジはなかなか心が動かないのではないかと思って。
コウジはやはり彼らにコンプレックスがあって、なかなか素直に離れないだろうし。
そこにカズヤや佐伯先生、エリやリョウコの気持ちも語ってみたいと思っていたんです^^

コウジは謝る必要があったんです。
「謝る」という行為は、それで許されるということでは無くて
そこから始めなければ、という思いからで
彼が心からこの言葉を言えるために、色々なことを綴ってきた気がします。
だから彼の懺悔を、そんな風に思って頂けて本当に嬉しい!^^

優奈の決断は、誰でも出来ることではないですよね。
彼女なりの優しさ、彼女なりの正しさ、彼女なりの想いがそこにはあって。
正論、というのとは違う彼女の正義は、
今までの彼女から汲み取ってほしいものだったりして^^

おお!
チョコさんが修平を……認めた!?(笑)
なによりのご報告♪
今回の彼は頑張ってましたからね。
自分自身に思い当ることがあって、コウジの背負った十字架を背負うことはできなくても
それを支えて見守ってやりたいと思っています。

メイドモード!!
ふふふ。必ずその世界を描いてみせますわ!!(誓い)
杏子は優奈のために、優奈はみんなのために
その視点の違いからくる感情ですね。
優奈も、杏子の想いがあったから支えられ、励まされたのだと思うんです^^
杏子にはユンの気持ちがちゃんとわかっています^^
でもそこには別の想いもあって――
それが次章の「追憶編」へと繋がります♪

実は次回から3話程、修平視点の番外編が入ります^^;;
修平から見たヒョヌ、そして杏子への想いをね。ちょっと語ります^^
修平視点ではありますが、番外編も読んで頂けると嬉しいです!
忙しい中、素敵な言葉と想いをありがとう~~(* ̄▽ ̄*)ノ"

  • 2013/02/13 21:09
  • YUKA
  • URL
  • Edit
『あなたは独りじゃない』…うん、きっと縁のある仕事と巡り合えるよ! なんて自分モードでも励まされたような^^; 大きな包み込む愛を前に言葉で感想を述べることはとっても難しいですね><

話変わって。14日はチョコさんのお誕生日!ということで、14日0時0分0秒に「また吐き」の記事がチョコさんおめでとうの記事に変わります。珍しく予約投稿~☆ミ

明後日が仕事の面接なので、明日は髪切り屋さんに行ってすっきりしてきます^^ しかし、ストレス太りでスーツがっが・・・

HIZAKI
  • 2013/02/13 22:53
  • HIZAKI
  • URL
だめだ、何度も読んだけれど、登場人物の決断が重すぎていつものようなコメントができない。

個人的には、ここまでコウジをもってくるロジックに、どこか重大かつ深刻な欠陥があるのではないかと思うのだけれども、どこがどう「ここは違うのではないか」と指摘できるのかすらわからない。

うーん……。

いや小説内ではこれで話が進んでいくということはわかるのですが、それでもどこか釈然としない……。

すみません。
補足しますが、話としてはこれでいいと思います。

むしろわたしの中でひっかかっているのは、現実の世界でコウジにこの言葉を出させるには、もっともっと長く、時間をかけてゆっくりとやらないといけないのではないかということです。

そこがちょっと……。うまく言い表せないもやもやが。

いや話としてはこれでいいのですが。
HIZAKIさん
HIZAKIさん、こんばんは^^
コメントありがとうございます♪

お返事が大変遅くなって申し訳ありません。
なんだかPCの調子が悪くて、書いたお返事があちこち消えました(泣)
原因はイマイチわからないのですが、今日は大丈夫そうです^^

励まされましたか?^^
そうですね。
誰しも一人では生きることができないと思います。
独りで生きているようでもね^^
色々な困難があると思いますが、きっと上手くいきます!
何もできない自分が少しもどかしいですが、祈ってますね^^

そしてチョコさんへのプレゼント企画!^^
喜んで頂けて大成功でしたね^^
私も参加できてよかった~~~^^

面接、いかがでしたか?^^
縁があるところが見つかると良いですね!^^
専門職の技能と知識をお持ちですから、きっと見つかりますよ!^^

また遊びに行きます。
お返事が遅くて申し訳ないのですが、懲りずにまた話しかけてくださいね^^

  • 2013/02/17 19:37
  • YUKA
  • URL
  • Edit
ポール・ブリッツさん
ポール・ブリッツさん、こんばんは^^
コメントありがとうございます♪

お返事が大変遅くなってしまって申し訳ありません^^;;

そうですね。
色々な解釈や考えがあると思います。
私もかなり悩んだので^^;;
ここでの謝罪。
コウジは納得したというより、自分の罪に慄いている方が大きいかと思います。
本当の意味で彼が救われ、そして謝罪するには
ポールさんの言われる通り、きっともっと時間が必要だと思います。
実はその手の番外編もあるのですが、それはず~~~~と先ですね^^;;

2つ目のコメントも読ませて頂きました^^
お気遣い頂いてありがとうございます。
かえって気を使わせてしまって申し訳ないです><。
お気にされているようでしたら、大丈夫ですので!^^

このお話はちょっと重くて、考えていることをコメントするのも難しいかと思います。
後半、鍵コメの方も多かったですし^^
それでも真摯に読んでくださって、そのどこかを考えてくださって
ありがとうございました。

これでいいのか。
私にもその結論はわからないのですが
それでもこれが一応の終着点としています。

またいつかどこかで、おいおいと気付かれた点が出てきましたら
教えて頂けるとありがたいです^^
コメントありがとうございました^^
  • 2013/02/17 19:50
  • YUKA
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