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誓約の地/漂流編・131<懺悔(17)>


誓約の地/漂流編・131<懺悔(17)>



それぞれがかける 優奈への想い

コウジへの願い

あらためて断罪を望むコウジに はじめて優奈の気持ちが降り注ぐ



優奈の中に在り続けた想いとは?

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 くすんだ十字架のかかる壁の下、木の板を組み合わせて作られた棚の上に並ぶ救えなかった人達。

 捜索して埋葬した、名前もわからない乗船者たちだ。


「ここに死んだ方がいい人なんていない」


 その時、全員があの捜索を思い出していた。

 そのあともずっと彼らに毎日水を供え、花を手向け続けてきた優奈を思い返していた。

 腐乱して判別も難しい多くの人を全員で運び出し火葬し、遺骨を安置した。

 夕日に照らされた優奈の、決意に満ちた哀しげな声が耳元でこだまする。

 沈みゆく客船に向かい、いつか必ず全員で助かろう――そう誓った。

「この島にいる間、コウジくんの命はコウジくんだけのものじゃない。私たちは助かった。でもここにいる彼らは亡くなった。――そしてここにいる以上の人達が、いまだに行方も分からずにいる。捜索を打ち切ることに決めたのは私。もう探してあげることは出来ない。だからこそ――私は必ずここにいる全員で助かるって誓った。そして助かったらここにいる人達やその遺品を、一人でも多くの遺族に還そうと思ってる」

 この時、コウジも思い出していた。

 救助者の捜索を続ける中で、見つかるのは遺体ばかりだったあの頃。

 毎日見つける腐乱した遺体を火葬するたびに、立ちこめる煙と形容しがたい匂いが充満していた。

 徐々に元気が無くなるみんなを、何とか励まそうと微笑んでいた彼女。

『救助されるまで元気でいるのは、助かった者の義務』

 以前リョウコにかけていた優奈の言葉がこだまする。

『お前にまだ優奈に対して少しでも想いがあるなら……お前には飯を喰う義務があるだろ?』

 そう言い放った修平の言葉が、かつての言葉に重なっていく。
 

 忘れていた。彼女の決意を。

 一生懸命だった彼女の姿を。



「私たちの家族も、ここに眠っている人の遺族も、いつかきっと帰ってくると信じているはず。必死に祈っているかもしれない。親しい人が亡くなって、もう充分だったと、精一杯出来ることをしてやったと心から言える遺族は少ないと思う。こんなことしてやりたかった、あんなこともできたはずだって、いつまでも心に残って苦しんだりする。それこそ、人生が変わってしまうぐらい悲嘆にくれる人もいると思う。

遺族の苦しみや悲しみは、ずっと長く心に残る。まして行方が分からないなんて、いつまでもその苦しみや悲しみから解放されない。彼らだって生きたかったはずでしょう? 楽しい旅行のお土産と想い出を持ち帰ろうと思ってたはず。そしてその帰りを待っている人が、必ずいる」


 あれから一度も、優奈は忘れなかった。

 かけがえのない友人を失った佐伯の寂しそうな後姿も、見つけ出してあげられなかった友人を偲ぶヒョヌの横顔も。

 見つけてあげることができなかった人の方がきっと圧倒的に多い。

 捜索をしても誰ひとり助けられなかった。

 遺体を見つけるたびに落胆と哀しみが襲い、徐々に「諦め」が心を蝕んでいく絶望的な想い。

 そして生きている者のために、捜索を打ち切らなければならなかった苦しい決断。

「私たちは生かされてるんだって、あの時思った。偶然かもしれないし、奇跡かもしれないけど、そんなことわからないでしょう? もしかしたらあそこに眠っているのは私だったかもしれない。生きたくても生きることができなかった人の分まで私たちは生きのびて、どんなことがあったのか、どうしていたのか……家族に、遺族に伝える義務があると思う。それは私たちにしかできないから。だからどんなに苦しくても、辛くても、生きなきゃいけない」

 いつか全員で――その決意は言葉だけで終わらせてはいけない。

 それがずっと、優奈を支えていた誓い。

「だからそんな風に、自分を諦めるのは早い」

 最後の言葉が俯く優奈の口から零れると、そこにいる全員の視線が祭壇奥に眠る彼らに注がれる。

 捜索を打ち切り、彼らを荼毘に付して以来、もの言えぬ彼らと向き合ったはじめての時間。

 再び静寂が礼拝堂を包んでいく。

 耳をすませば彼らの声なき声が聞けるような気がして、全員が静かに彼らを見つめていた。



 

「優奈さんがそう決めたなら、私は優奈さんに賛同します」

 リョウコの隣に立っていたエリは、泣きだしそうな目をして優奈を見つめていた。

「……エリちゃん」

 優奈の呼びかけにエリが少し顔をあげる。

 その瞬間、エリの瞳から涙が零れ落ちた。

 いつの間にか、立ちあがったカズヤはエリの傍に立つ。

 俯くリョウコを抱え、ポロポロと涙を落とすエリを優奈は静かに見つめていた。


 リョウコの気持ちはエリにも良くわかっていた。

 エリもその場にいたのだ。

『一緒に行きましょうか?』

 それはあの日、最後に優奈にかけた言葉。

『杏子が来たら知らせて』

 その言葉に浮かせかけた腰をおろし、優奈の後姿を見送った。

 見送ってしまった。


「ずっと……思ってた。コウジさんがしたことは最悪で、赦せるはず無いって。そんなことしちゃいけないって。優奈さんがいなくなって、見つかっても意識が無くて……杏子さんもヒョヌさんも凄く苦しんでた。……カズくんも凄く苦しんで、傷ついていて。コウジさんは……友達だったから。

 だから何度も止められなかったことを後悔してた。優奈さんにもヒョヌさんにも杏子さんにも、ずっと謝りたかった。もっとちゃんと見ていれば、もっと気を配っていればって。どこかで……コウジさんがこんなことさえし無ければ、今までのように過ごせたかもしれないのにって思ってました」

 彼氏となったカズヤが自分に隠れてふさぎ込む姿を、エリは何度も見てきた。

 年も立場も近いコウジとカズヤは、以前から一緒に行動することも多く、この一件をカズヤが気に病んでいるのは明らかだった。

 カズヤと付き合ってからエリもコウジとの会話も増えていき、少しづつ落ち込んでいくコウジをリョウコより感じていた。

 それなのに――。


「……友達……だったから、よけいコウジさんがしたことを赦せなかった。でも……一番傷ついたのは優奈さんで、傷つけられたのは優奈さんで……だから、だから、優奈さんが色んなものを一人で背負う必要なんて無いんです」

「エリちゃん……」

 優奈の声に弾かれて、エリは手の甲でその頬を拭った。

「……それでも優奈さんが何かを背負うなら……私もそうします」

 本当は優奈に謝りたかった。

 でもそれはかえって彼女を追い詰める気がして、飲みこんできたのだ。

 悪いことをしたというのではないかもしれない。でも拭えない罪悪感で心が潰れそうだった。

 あの時引き留めれば良かった。ついていけば良かった。

 後悔から、ごめんなさいと手をついて謝ってしまいたかった。

 謝ってしまえば、きっと赦してくれる。

 エリちゃんは悪くない――きっとそう言ってくれる。

 それで自分はどこかでホッとするのだろう。

 謝るのは自分が楽になりたいからだ。

 そのために私が謝るのは違う。自分だけ楽になろうなんて卑怯だと思った。

 それなら違う方法で力になりたい。

 今度こそ。

「でも、もう一度言います。仕向けたのはコウジさん自身で、悪いのはコウジさんで、優奈さんのせいじゃない。優奈さんは悪くない。身勝手だったコウジさん自身が悔い改めなければ意味が無いんです。もし優奈さんが悪いって言うなら、止められなかった私も悪い。こんなことになる前にちゃんとくい止められなかった私たちも。……それでも、そこに間違いがあったとしても、優奈さんは悪くない」

 声を詰まらせて泣きながら、必死に話すエリの言葉が礼拝堂に反響した。






      




 その時、ヒョヌと杏子は同時に同じことを考えていた。

 自分の激しい怒りと嘆きが、あまりにも激しいその感情が、知らず知らず周りに与えていた影響のことを。

 怒りも嘆きもコウジに向けたもので、決して他の誰かを責めたわけではない。

 でもその激しく燃え続ける怒りと憤りは、コウジの愚行と同じように誰かを追い詰めていたのかもしれない。

 優奈はそれをずっと感じていたのだろうか?

 それを止めたかったのだろうか?

『それじゃあ、救われない』

 優奈はそう言った。

 彼が変わらなければ、みんなの気持ちが宙に浮いてしまう。

 コウジを救い、みんなの想いを救い、それが自分を救う。

 自分で考え行動し、コウジ自身が変われるように。

 そしていつか――赦されるように。

 そのために共に暮らしコウジと生活することで、自分自身もその償いの一翼を担おうとする。

 それが自分にとっても苦しいことには違いないのに。

 優しい想い。厳しい断罪。

 甘くは無い。
それどころか、今のコウジには果てしなく過酷な罰に感じる。


「想像する以上に過酷で、きつい試練だな」

 ヒョヌはそう言って言葉を続けた。

「今まで通りにはいかない。ここにいる全員がコウジのしたことを知っている。優奈はみんなに赦してやってほしいと言っているわけじゃない。赦しても赦さなくてもいいんだ。それを決めるのはみんなであって、そうして貰えるかどうかは全てコウジにかかってる。それがお前に望む償い」

 怯まず俯かず前を向いてここで過ごし、失ったものをもう一度取り戻す。

 償いの罰に強制力はなく、重さも程度も期間さえ無い。それを受けても赦す義務は無い。

 罪を感じ、その罰を背負い、償っていく。全てを決めるのは自分自身。

 そしそれを納得して赦すかどうかは、それぞれに委ねられる。

『まだ赦したわけじゃない』

 そういった優奈の言葉の意味を、コウジも理解した。


――そんな日々に耐えられるだろうか。

 まだ見ぬその日々を想像しただけで、コウジの心が震えた。













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  • 2013/01/28 00:33
たしかにあれだけの人死にに接した優奈ちゃんだったら当然の判断ですね。

とはいえあれだけの人死にに接した杏子ちゃんだったら別の判断を下すでしょうし。

難しい問題ですね。一概にどちらが正しいとはいえそうにありません。

手持ちの人的資材をいかに合理的に運用して生き延びることを目指すかという点では優奈ちゃんの判断を支持するべきでしょうが、誰か損得や倫理的判断抜きで無条件に許してくれる人がひとりでもいないとマジで生き残れないぞコウジくん。
鍵コメNさん
鍵コメNさん、こんばんは^^
またまた遅くなりました。いつもコメントありがとうございます^^

鍵コメさんの言う通り、杏子とエリの心の叫びは少し似ています^^
エリは杏子のこともリスペクトしているので、特にですね。
彼女は私の中で「普通のお譲さん」です。
リョウコもそうですが、エリはもう少ししっかりした女の子。
物怖じもせず、気さくで活発なスポーツ好きな^^
どちらかというと、リョウコはおっとり天然系なので(笑)
女子高育ちで、男性に免疫のない大人しめの女子がリョウコ。
共学に通って、少し男勝りだった学生時代を過ごしてきた利発な女子がエリ。

>謝るのは自分が赦されたいから。

以前鍵コメさんから頂いたコメントで、このことに触れられていることがありましたが
その時にはこのくだりが決まっていて、頂いたコメントに「おお!」と思ったのでした^^
これは誰もが思うことな気がするんですよ。
謝ってしまうことでそれ以上の追及をさせないような
謝ることで懺悔を終えたような、安堵と少しばかりの解放感があるのかもしれません。

仰る通り、この辺のくだりはこの話のこの場面だからこそだと思います。
ここに示した話が正解ではなく、この流れが正しいわけではないと思うんです。
この時、この状況ではこれが最善だと
優奈自身が選択して、それを提示しただけなのだと。
私の中にも、決してこんな綺麗事だけでは計れない不条理を感じることもあるのです。

鍵コメさんの心に残る過去は、きっと鍵コメさんに長く残っているものなのだと思います。
それは決して歪み過ぎているのではなく
色々な事象と言葉を受けて、ご自身を大切に守ってきた心の盾のようなものだと。

人は誰でも自分を守るために鎧を身につけます。
無垢な心をむき出しにしたままでは、たくさんの傷を負ってしまうと思うのです。
それが鍵コメさんの防御の一つだったとするなら
それは決して鍵コメさんのせいではないと思います。
小さな手で、柔らかい心で、精一杯生きてきた鍵コメさんが愛しく思います><。
だからこそ、鍵コメさんの綴る想いの断片は
その世界観も含めて、皆さんに愛されるのだと思います^^

赦してほしいもの。
まずは自分で自分を赦せないと、ですね。
受け入れて認めていくと必ず落ち込んで、自分で自分が赦せなくなるかもしれません。
でも自分自身が自分を赦してあげなければ、とも思います。
コウジは孤立……するでしょうね。
でも孤立に甘んじてはいけないと思います。
そして、孤立させる選択は決して良くないと思います。
それでは変わらない。

でもまだみんなが暗中模索。。。
次話で少しだけ光を差そうかと^^
少しづつ変化する気配を感じて頂けたら嬉しいなぁ^^


  • 2013/01/31 21:49
  • YUKA
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ポール・ブリッツさん
ポール・ブリッツさん、こんばんは^^
コメントありがとうございます^^

そうですよね~~
優奈の話は、これはこれでどうしても必要だったのですが
正しいとか、正解とは言えません。
きっと違う場面や状況では、最善も変わってくるでしょうし。。。

そうそう。
まずは生き残ること、生き伸びて生還することが大前提です。
ですがコウジの今後は。。。一人ではやっぱり無理がある気がします。
簡単には難しいのですが
彼らの心情が少しづつ変化しなければ、コウジは追い詰められてしまう。

さて、どうするか(笑)
あと2話で<懺悔>にもひとまず決着をつけたいと思います^^
がんばりま~~~す^^
  • 2013/01/31 22:18
  • YUKA
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  • 2013/02/02 00:25
鍵コメHさん
鍵コメHさん、こんばんは^^
コメントありがとうございます!^^

そうですね。
人は時々自分で生きて、自分だけ頑張っている気になってしまいますが
人がいて、自然があって、生かされているのかもしれないと思うことがあります。
でも、それでも苦しいこと哀しいことはたくさんあって
それに傷ついたり傷つけたりすると思うのです。
心が少し疲れて、何だか色々嫌になって、それでも生きてる。
そう言う時だってあると思うんです^^
だから生かされているって崇高な気持ちでいなくても、
それでも生きている、ただ生きてるって思う時期があってもいいのではないかと思います。
何を言いたいのかわかりづらいですが^^;;
それでも、ただ生きているってだけで、充分だと思いますよ^^

そしてC様のこと。良かったですよね^^
少し元気になって前に進めるなら、それもいいことだと思います^^

そして!N様と同級生^^
嬉しいことですが、先日もお話したように私の方が少しお姉さんかと^^
私は弟と同じぐらいだと思っているので、よけい妹のように感じてます*^^*

鍵コメさんのおっしゃる通り、私はクリスチャンではないのですが
全般的に、特定の宗派にも拘りはないのですが
実は感じてくださっているように、そういう意味やイメージを盛り込むことが多いです^^
だから鍵コメさんが聖書の一節を取り上げてくださったり
そのお話をお聞きするたびに、非常に嬉しかったりします!^^
ありがとうございます~~~~(*´∇`*)
今は鍵コメさんにとって少し辛い時期ですね。
季節と同じように、冬の時期なのだと思います。

でもご存知ですか?^^
冬は全てを凍らせ、凍てつく寒さに震える時期なわけではありません。
巡ってくる春のために、眩しい日差しを一身に浴びる葉を広げるために
より多くの実をつける、実りの秋を迎えるために、身体にいっぱい力を蓄えている時期なのです^^
だからきっと鍵コメさんも、そうなのだと思います^^

大きく羽ばたくにはより沈みこまなければジャンプできません。
今は少し寒くて厳しい季節ですが、鍵コメさんのもとに春が訪れることをいつも祈っています^^
そしてもし、私でよかったら、いつでも話しかけてくださいね^^
悩みも苦しみも哀しみも解決はできないかもしれませんが、
そっと寄り添って、話を聞くことなら私にもできますから!^^


  • 2013/02/06 20:26
  • YUKA
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