QLOOKアクセス解析

誓約の地/漂流編・126<懺悔(12)>


誓約の地/漂流編・126<懺悔(12)>




醜い感情に包まれる彼を見ていた時 なぜかホッとした

俺と変わらないんだと そう思えることで安堵した





彼女のため――


同じように 思っていたはずだった








================================================




 コウジはその時、真っ直ぐにヒョヌを見た。

――優奈のために?

「それで……自分の感情まで捨てるって?」

――優奈のため。

「俺が赦せないんじゃないのか? そんな簡単に割り切れるのか?」

――優奈の。

 ヒョヌの言葉がコウジの中でぐるぐると廻る。





「あぁ……だからか」

 コウジは突然小さく笑いだした。

「切り替えが早い――だから優奈さんと付き合えたんでしょう?」

「何を言ってる?」

「もう忘れてるんですか? 韓国で付き合ってた人は、もう過去の人ですか?」

 その言葉にヒョヌは押し黙った。

「コウジ、それはお前が口を出すことじゃねぇ」

 修平が低く唸るように呟く。

「本当に? 優奈さんのため――本当にそう思っているなら、なぜ付き合ったのか。このままここで生きていくならそれでいいかもしれない。でも、助かったら? 前の彼女はまだヒョヌさんを待ってるかもしれない。本当にそれでもずっと彼女を守れるって言い切れるんですか?」

「コウジ!」

「修平さんだって知ってたんでしょう? ヒョヌさんに彼女がいること。それも凄く有名な。思わなかったんですか?コイツで本当に大丈夫なのか?って」

 コウジの言葉に、ヒョヌは小さく笑った。

「修平にも言われたな」

「ヒョヌさん!」

「ここに遭難して何カ月もこうしている。でもまだ1年は経ってない。優奈と付き合ったのはもっと前だ。そんなに簡単に切り替えたのかって、思うことは不思議じゃない」

 それはかつて、ヒョヌ自身が抱いていた感情そのものだ。

「あの頃――まだ優奈と付き合う前は、自分がどうしたいのか、どうすればいいのか、それを考えるだけで手一杯だったよ」


 始めは戸惑いだった。

 いつの間にか目が離せず、優奈ばかりを見ていたあの頃。真剣に向き合おうとするたびに感じた罪悪感。

 以前の彼女への裏切り。優奈への不実。

 優奈への気持ちが大きくなるにつれ、膨らんだ不安と焦燥。


『中途半端な気持ちでかまうことになるのではないか』


 清算できない恋が重く圧し掛かって、何度も自分に問いかけた。

「悩まなかったわけじゃない。その度に苦しんだ。何度もダメだと言い聞かせたりもした。今も……忘れてはいない」

 救助を待つ度に浮かび上がる過去。

 国籍の違い、置かれた立場から派生するトラブル。

「自分の気持ちが優奈を困らせるかもしれない。自分の過去の恋で酷く傷つけるかもしれない」

 生還すれば待っている様々な問題は、今考えても仕方がないと何度も自分に言い聞かせてきた。

 そしてあの日――泉のほとりであらためて誓った。

 必ず守る。どんな時も傍にいる。

 だから、信じてほしいと。


「それでも僕は優奈を愛してる。お前がどう思おうと、何をしようとそれは変わらない。付き合うこともやめるつもりはない。愛しい人と愛し合って何が悪い? お前の指図は受けない。何があっても守ると誓った。これから先も、それは変わらない」

 真摯な眼をしてそう告げるヒョヌから、コウジは目を逸らした。







 どう足掻いても、いつまでも敵わないーーコウジはなぜかそう思った。

 そして、そう思ってしまう自分が悔しくて情けなくて、身体が小刻みに震えていく。

 静かに語るそれは演技かもしれない。まだ心は荒んでいるのかもしれない。

 それでも、彼女のために。

 そう言いきったヒョヌは、ただ静かにコウジを見下ろしている。


 自分だって同じ想いをすれば――そう思っても、コウジの心はどこかで違うと否定していた。

――きっとこの人はそうはならない。


『お前や俺がヒョヌさんに敵わない理由が、お前にはまだわからないだろうな』


 耳の奥で修平の声が聞こえる。

 その声が煩わしくて何度か頭を振ると、目の前にぼんやりとした景色が戻って、見たくもない今を感じた。

 どうなっても、どうでもいいと思ったことが、今は酷く辛く感じる。

――けど、今更もう遅い。

 感情に流されて彼女しか見えなくなった。

 それが嫉妬であっても逆恨みだと言われていてもよかった。

 真っ赤に染まった感情でも、真っ黒に染まった心でもよかったんだ。

 あの時は、自分のなかの想いで満たされていた。

 でもいつの間にか、彼女さえ見失っていた。



――あの日、彼女が転落した夜。

 この世に闇が訪れたと思った。本当に終わったのだと。終わらせてしまったと。

 俺も彼女のためにと、思っていたはずなのに。

 彼女のためにと思いながら頑張っていた俺は、結局自分のために動いていただけだった。

 自分が可愛くて彼女を傷つけた。

 それを思い知らされる。
 

「やめてくれ……」
 

 醜い感情に包まれる彼を見ていた時、なぜかホッとした。

 ヒョヌさんも俺と変わらないんだと、そう思えることで安堵した。

 それなのに、また突き付けられる。

 まるで真綿のようにゆっくりと確実に縮んで、決して楽にはなれない気持ちが巻きついて離れない。

 できればずっと憎んでいたかった。嘲笑ってやりたかった。何もかも。

 なのに、目覚めてしまった。空っぽになった自分に。

 いや、気付いてしまったんだ。

 浅く愚かで、空っぽだった自分に。


「違う……」


 そして思い知った。

 自分の卑屈さと愚かさ、歪んだ醜い自分自身に。


「俺は……」


 だから彼女が望むなら、居なくなってもかまわない。彼女がそう望むなら――

 それが俺への罰なのだろうから。

 どうせもう、ここに自分の居場所はないのだから。

 もう何も残って無い。


 それなのに、何がこんなに苦しいのだろうか。

 もがいて苦しくて逃げ出したかったのに、今がもっと苦しいのはなぜなんだろうか。

 どうにでもなれと思った投げやりな自分が、ここにしがみつこうとするのはなぜなんだろうか。


「俺は――」



「コウジ、逃げるな」

 ヒョヌは静かに呟いた。

「お前のしたことは取り消せない。無かったことにはできない。でもそこから逃げるな」


『……お前が自分の中に逃げ込んでる限り、お前には一生わかんねぇだろうけどな』


 そう言っていた修平の言葉を思い出した。

 逃げてるから? これは……逃げなのか? 

 追放を望むことが? 断罪を受け入れることが? 終わらせることさえも?

 それを望むことが、それでかまわないと思うことさえ、逃げなのか?

 逃げたいからなのか、逃げられないからなのか、それさえもうわからない。

 じゃあ、どうすればいい――?


「誰もが……ヒョヌさんみたいに強くないんだよ」

 コウジが自重気味に笑う。

「優奈は、そうしてる」

 その言葉にコウジは顔をあげた。

「お前が逃げるな」

「俺は……」


『そうやって自分のしたことから目を逸らして逃げるなら、はじめからするんじゃねぇよ』


 耳鳴りのように聞こえる修平の言葉に、コウジの口元が震えながら奇妙に歪む。

「コウジ、もう充分だろう?」

 そう言い放つ修平の声にコウジの体が震える。

「わかんねぇのか? これ以上悪態をついても何も変わらない。そんなことをしても意味が無い」

 修平の言葉をうけて俯くコウジが口を開いた時、全員の意識がドアの方へと流れた。

 ヒョヌが呼ぶその声に、コウジが顔をあげる。



















 全員が息を飲む視線の先に、優奈がひっそりと立っていた。







関連記事

Comment

うわあああああーっ!

ここで優奈ちゃんの登場はいろいろと将来に禍根を残しそうな気がするなあ……。

気のせいだったらいいけど……。
管理人のみ閲覧できます
このコメントは管理人のみ閲覧できます
  • 2012/12/25 09:18
ポール・ブリッツさん
ポール・ブリッツさん、おはようございます^^

あはは~~~

色々波乱^^頑張ります!(そこ?)
解決するか、ひと波乱来るのか~~~~

禍根。。。残さないといいんですが(お前が言うな)

  • 2012/12/26 08:07
  • YUKA
  • URL
  • Edit
鍵コメLさん
鍵コメLさん、おはようございます^^
コメントありがとう♪

今度はTさんかな?^^
色々なお話は、新しいブログに遊びに行ってコメントしました^^

久しぶりにお話できて嬉しかったです♪
また来てね^^

  • 2012/12/26 08:09
  • YUKA
  • URL
  • Edit
こんばんは〜!^^!
コウジの悪あがき・・・きましたね!
まさかここで、韓国の恋人の存在を持ってくるなんて・・・まさに悪あがき、でも、コウジの悪あがきが逆にコウジ自身をどんどん追いつめていっている気がしました。
ヒョヌさんはコウジにあからさまに攻撃をしかけていないのに、ヒョヌさんのその動じない在り方が、心の在り方が、逆に静かにコウジの心の芯の部分を露にしてしまったのですね。

コウジはこのまま、憎しみ続けて、優奈さんへの想いに狂い続ける事ができたのなら、いっそ楽だったのかもしれません。
でも、もう逃げ場はない、と、コウジは気付きつつあるような気がしました。狂乱の時は過ぎて、そこにはありのままの自分しか残っていなかったー。今のコウジにとって、これはとても辛い事だろうな・・・と彼に感情移入です(ノ_・。)

>でもいつの間にか、彼女さえ見失っていた。

好きな人を見失う、コウジの心の流れが、切なく、苦しかったです。
人を想う事の裏面が、すごく出ている言葉だと思いました。
好きという感情は、抑えがきかなくて、強くて、強いからこそ、愛と反対の憎しみを引き連れてきてしまうのかもですね・・・

そして・・・そして!!
とうとう、とうとう優奈さんが・・・!?Σ(・o・;)
ずっと、優奈さんがどんな答えを出すのか、皆に、コウジに何を齎すのか、すごくすごく気になっていました。
でも、優奈さんなら、10を10ずつ与える事の出来る優奈さんなら、誰もが出す事の出来なかった答えを、未来を、コウジに、皆に、齎してくれるような気がしてなりません。
続きをドキドキしながらお待ちしております!
管理人のみ閲覧できます
このコメントは管理人のみ閲覧できます
  • 2012/12/28 11:18
管理人のみ閲覧できます
このコメントは管理人のみ閲覧できます
  • 2012/12/28 14:32
鍵コメCさん
鍵コメCさん、おはようございます♪
コメントありがとうございます。
昨年頂いていたのに、年を跨いでしまいました><。申し訳ないです。

悪あがき、しましたね!(笑)(←させたとも言う
本当はね、この悪あがき……無かったんです(ぉぃ)
コウジがグダグダと罪を認めないうちに、勝手にあがき始めて出てきたww
この時の修平の描写はくどいので押さえましたが
怒ったのでも憤ったのでもなく、一瞬その表情が消えたような感じでしょうか。
以前あった修平の悪あがきと同じように、コウジもまたヒョヌの痛いところを突こうとした。
でも既にヒョヌは、散々悩んで結論を出した後なんです。
だから、苦笑しても今は動じていない。。。
渾身の一撃のつもりが、しっかり受け止められて跳ね返された感じ。。です^^;;

>でもいつの間にか、彼女さえ見失っていた。

ありがとうございます!

>憎しみ続けて、優奈さんへの想いに狂い続ける事ができたのなら、いっそ楽だったのかも

もうホントにその通りですね。
膨大に、そして超大に膨れ上がっていた想い。
自分の中だけで大きく育ててしまった歪んだ感情。
それは彼にとって恋だったんです。愛するということだったんです。
でもそれはいつの間にか歪んで、囚われていた狂気に過ぎなかったと気付いた時
鍵コメさんの言うように、ありのままの自分が見えてきた。
ありのままの自分を受け入れるのは、恐怖に近いと思います。


そして、全てを失ってもかまわないとまで追い詰められたコウジが
そんなに簡単に悔い改めるわけが無いですね。

案の定、ぐるぐると廻り道をしています。
誰にも言えなかった彼の想いを語ることで、逡巡することで彼自身が消化しようとしています。
そう。今まで誰にも言えずひとりで巡らせて嵌まっていた思考を解いていかなければ、その先は無い。
そしてみんなも、です

優奈――
やっと主役が表舞台に登場です(笑)
彼女が彼に求めるもの、みんなが彼に求めるもの。
似ているようでいて、違う感覚と感情。
優奈はその名の通り優しさを秘めている人ですが、実は相当な頑固者。。。(あれ?)
優しいだけでない、彼女の強さ、厳しさも垣間見れるかもしれません。
決して「事なかれ主義」ではなく、しっかりとした想いに基づいていることが出るといいなぁ。

杏子とは違う強さを秘めた優奈の想い。
杏子とは違う厳しさや強さは、みんなを追い詰めるのか救うのか。
色々な考えを持って頂けるかもしれないと思っています^^

そして!ここでカミングアウトするのもなんですが~~~
この懺悔の章は、はじめ。。。4~5話程だったんです(笑)
ですが、年末にガ――っと書き進めて、なんと!19話程になってます(笑)
全体を読むと、私の思考の紆余曲折も見えるかもしれません^^;

この章はタイトル通り、懺悔が鍵。
当然、目に見えるコウジの懺悔がメインなのですが、それで許していいのか?というのも大きな命題。
アッサリ謝るのは、謝って赦すのは違うと思うんですね。
そして優奈は当事者ですが、問題が問題だけに、優奈だけのことでは無くなってきています。
ここで暮らす仲間たちのそれぞれの立場があって想いがある。
そして、この先の生活がある。

優奈を庇い、コウジを断罪する――その構図からこの件に決着を見い出すためには
そのための流れが必要な気がしていました。
優奈の気持ちを尊重する――という、当事者であり被害者の優奈の気持ちが主軸になるんですが
それぞれの立場、感情、考え方。
それも描きつつ、今度は優奈の思考と感情も描きたいです。
優奈の優しさと厳しさと強さ。
最後まで読んで頂いた時に、その全体像が見えるといいな^^

会話と感情の流れを通して、この問題を一生懸命考え
答えを模索する優奈の想いとみんなの想いを、頑張って描きたいと思います^^
まだまだ<懺悔>は続きますが、お付合い頂けると嬉しいです♪







  • 2013/01/03 10:38
  • YUKA
  • URL
  • Edit
Comment Form
公開設定


上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。