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誓約の地/漂流編・122<懺悔(8)>


誓約の地/漂流編・122<懺悔(8)>




佐伯は優奈の様子に違和感を覚える。


人として 医師として


彼が語る言葉に 優奈は――?




================================================




「具合はどうかな?」

 そう言って佐伯は優奈の様子を見に医務室にやってきた。

 椅子に腰かけた佐伯の隣で、キャシーが体温計を用意している。

「はい、もうだいぶいいです」

 優奈を診察するのは杏子の役目としていた。

 医師としては佐伯の方が先輩であり経験もあるが、デリケートな問題は男性である佐伯より杏子の方が適任だと二人で話し合って決めた。

 優奈の症状と状態は杏子から逐一報告を受けている。それでも時々は様子を見に来ていた。

 医師というよりは、年配の友人として。

 佐伯は優奈を見た。

 綺麗な肌にはまだ無数の切り傷があり、優奈の白い肌の上でそれが強調されている。

 穏やかに微笑んでいる優奈を見るたび、佐伯の胸が痛む。

 起きてしまったことは、優奈とコウジだけでなく、この島にいる全員の心に暗い影を落としていた。

 ある者は情緒が不安定になり、ある者は激昂した。

 この島にいる自分を含めた全員が、優奈を好きだったのだ。

 佐伯自身も優奈を娘のように感じながら、彼女の一生懸命な姿を応援し、支持していた。

「そろそろ、みんなと一緒に食事がしたいです」

 そう言って優奈は苦笑した。

「主治医次第だな。まぁ、もう少し体力が回復したら大丈夫だろう」

 私からも言っとこうと佐伯が話すと、優奈はお願いしますと笑った。

「ところで、それは何かな?」

 佐伯は優奈の枕元にあったメモを指差した。

「これはリストです」

「リスト?」

 佐伯が覗きこむと、そこには島での生活に必要なことの順番や担当者の試行錯誤が書かれたメモだった。

「見舞いに来る連中は、優奈君に何を話してるんだ?」

 苦笑する佐伯に優奈は「私が聞いているんです」と言い訳をする。

 気を紛らわしているのかもしれないが、これでは安静にしているとは言えない。

「主治医の心配が分かった気がするよ」

 杏子が全員と合わせるのを先延ばしにする理由が理解できた。

 彼女を中心として生活することが当り前になっていて、彼女に相談することは必然的に増えていく。

 それは決して優奈に責任を押し付けているわけではなかった。

――彼女の喜んだ顔を見るとやる気になるんです。

 佐伯と仲のいいマークがそう言って笑っていたのを思い出す。

 彼でさえそうなのだ。若い連中は好意と善意からイチイチ報告しにくるのだろう。

 それを一つ一つ解決しようとするのも、彼女の性格によるものだ。

「すみません。気を付けます」

 そう言って舌を出す優奈に、佐伯は苦笑する。


 優奈をこの島のまとめ役、中心に置いたことは正解だった。

 そう言う意味では全員の判断は間違っていなかったと言える。彼女以上に適任である人間は他にいない。

 優奈は常に公平で誰よりも働き、その優しく落ちついた態度でみんなをまとめていた。

 ともすると独善的になりがちな指示や提案が常に受け入れられていったのは、彼女の性格によるところが大きい。

 こういう環境では、強いリーダーシップを発揮するものが自然と上に立つ。当時韓国語しか話せなかったヒョヌはともかく、そう言う意味では杏子でも修平でもよかっただろう。

 実際、杏子を筆頭にヒョヌや修平が常に手を貸しているのは佐伯もわかっていた。

 しかしその人物がどんなに優れていたとしても、その環境が長く続けば強さに反発する者は必ず出てくるものだ。


――だが彼女は違う。

 穏やかで温かく賢い女性ではあるが、その性格は可愛らしいものだ。

「天然」といわれるような突飛な性格ではないが、普段の様子から判断すればいわゆる「いじられキャラ」であることは間違いない。

 物事一つ決める場合でもよくよく考え、みなに相談し、最適任者へ任せる。

 彼女が言う「お願い」という指示は、彼女が悩みながら相談すれば自然と協力しようと手をあげることになった。

 まるで自発的にそうなったかのような錯覚さえ覚えながら。

 彼女はその都度心から感謝し、成功すれば賞賛し、相手の能力を敬う。

 その一歩引いたリーダーシップは、彼女の最大の利点だろうと思う。

 もちろん、彼女の見た目が多分に功を奏しているとも言えなくはないが――。

 普段なら心配などしない。彼女は一人で抱え込むようなことをしたりしないとわかっているからだ。

――しかし今は状況が違う。



 佐伯は船医を務める医師であったが、専攻は内科医だ。勤務先が船上ということもあって簡単な外科的処置も出来なくはないが、精神科領域は専門外だった。

 それでも全くの素人ではない。

 彼の中で優奈の様子に違和感を感じていた。

 彼女は危機に陥れられた。しかもその手段と方法は最悪だった。

 彼女の気持ちと優しさを最大限に利用し、また多くの女性が最も嫌悪する卑怯なものだ。

 コウジがどんな言い訳をしても通じないだろうと思う。

 医師としての意識を持って接する自分でさえ、その事実を目の当たりにした当初は口に出さずとも激しい憤りと嫌悪感を感じたほどだ。

 女性陣はもちろんのこと、男性であっても同じはず。

 歳の近い連中はもちろん、もともとフェミニストであるマークと、やはり彼女を娘のように可愛がっていたジャンの怒りも激しかった。

 恋人であるヒョヌと、幼馴染で親友である杏子の憤りは容赦がない。

 当事者である優奈だけが、自分の想いを口にしない――そのことが少し奇異だった。



「1つ、いいかな?」

 そう言って佐伯は優奈に話しかけると、優奈が「はい」と返事を返す。

 その様子に微笑みながら、佐伯は静かに語りかけた。

「君は今、とても傷ついている」

 その言葉に優奈は大きく眼を開いた。無意識に首を小さく横に振る。

「心も体も傷だらけだよ。「気が病む」と書いて病気なんだ。体の傷と同じように、心の傷も癒さなければ治ったとは言えない。身体の傷も腫れもだいぶ引いてきたが、心はまだまだだな」

「私は――」

 動揺する優奈を制して、「無理して早く治らなくていい」と佐伯が声をかけた。

 その隣ではキャシーが優しく微笑んでいる。

「人間の体には自然治癒力というものがある。ゆっくりと時間をかけていけば、自分の中の回復力で少しずつ良くなっていくんだ。でもそれには気持ちがとても重要だ。気力が無ければ免疫力も下がる。それでおのずと傷の治りは悪くなるものだからね」

 佐伯の言葉を、優奈は黙って聞いていた。

「病を治すために、医者がまず考えることは何か知っているかな? それは病を知ることだ。それがどんな病気で、どんな治療方法が一番いいのか診察し、検査する。治療はそれから。判断を間違えば病に効かないどころか悪化させることもある。そして医者が診察で始めにすることは、患者の訴えを聞くことなんだよ。どこが痛いのか、何が辛いのか、その訴えを聞いて診断して治療方針を決める。

心の傷は眼には見えない。だから患者の訴えだけが頼りなんだ。専門ではないが私は医者だ。顔色を見て声を聞いてその様子で診断することもある。優奈君、君は今傷ついている。それは当然だ。君のせいではないんだよ。でもそれでも君が大丈夫だと言うなら、まずは自分が傷ついているのだと理解するところから始めようか」

「佐伯先生……」

「君はひとりじゃない。仲間がいる。君を助けるために必ず力を貸してくれるだろう。だから優奈君はみんなのことを考えなくていい」

 医師としてずっとコウジを見てきた彼は、それ以前のコウジの病んだ兆候に気付いてはいた。

 それでも何もできなかった。

 片想いと失恋に悩む若者たちを、どこか微笑ましく見ていたくらいだ。

 それが間違っていたと気付いたのは、ことが起きてからだ。

 佐伯は何もしなかった自分の無能さを恥じていた。

「みんなの声が聞こえ過ぎて、自分の心の声が聞こえづらいだろう? 誰かのために、何かのために、そんなことは本当によくなったらいくらでも考えればいい。君は今まで一生懸命みんなのことを考えてきた。今ここで少しぐらい自己中心的に考えても、誰も困らないよ」

 それでも優奈の意見を聞かないことにははじまらないと思った。

 でなければ、全員がその先に進むことは出来ないだろう。

「心の声を聞きなさい。誰かではなく、自分の気持ちはどうなのか。どうしたいのか。そしてそれを正直に話せばいい。私でも杏子君でもヒョヌ君でもいいから」

 優奈はただ、その優しくて穏やかな佐伯の声を心で反すうしている。

「心の傷はそうして治療していくんだよ」

 そう言って佐伯は微笑んだ。


 優奈の綺麗な瞳から頬を伝って、大粒の涙が零れていく。

 それから暫くの間、医務室は入室禁止となった。















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Comment

優奈が書いていたリスト、どう考えても遺書です。

そういう視点から見ると、佐伯さんグッジョブ。
こんばんは〜(^^)
あーこれはーこれはーこれはー!!
うん、これは、もう、ロマンスグレーな佐伯医師だからこそ優奈さんにより深く響き届いた言葉・・・ですね(´Д⊂ヽ

今回は、優奈さんが、「自分自身の心に向き合う」という大きな契機を迎える事が出来回だったのでは・・・と思いました。
最後の優奈さんの涙は、その全てを象徴しているように思い、思えば優奈さんがこんな形で泣いたのって、この島に来て初めてだったんじゃないか・・・と胸が切なくなりました。

こんな時でも、周りの皆の声を聞いていた優奈さん。
そして、それを本当に苦痛に感じていない優奈さん。
だから、逆に難しい。そんな優奈さんを導くのって・・・

心の傷を負った時って、実は心の傷を負ったという事そのものよりも、それを「抑圧」する事の方が深い根になる事が多いらしいのです。
抑圧された傷はどんどん形を変えて変容して、最後は解きほぐせくなってしまうー。

やはり、感情は外に出して初めて「確認」出来る部分もあると思います。
その過程を経てからでも、周りの事を考えてもいいんじゃないかと思うのです> <
それは杏子さんもヒョヌさんも修平さんも、皆気付いていたんだと思うのですけれど、年上の男性だからこそそのメッセージを無理なく優奈さんに運ぶ事が出来たんだと思うのです。ロマンスグレー最高だいいなあ・・・こういうお方に弱いわたし・・・(///∇//)

今、それぞれがそれぞれの立場で動き出していますよね。
皆がそれぞれの立場で出来る事をして、皆の心が動き出している、それがどんな風に集っていくのか、楽しみにしております!
そして本編とリンクしているらしいとの【花魁杏絵巻】も併せて、伏線をさぐりつつ(笑)続きをお待ちしております!

P.S前回の【花魁杏絵巻】のコメント返信にて、すごくその丁寧な文章構成や想いに感動しました。゚ (゚´Д`゚)゚。ありがとうございます^^
ポール・ブリッツさん
ポール・ブリッツさん、こんばんは^^
コメントありがとうございます!!^^

って、言われてはじめて気付きました――!!

あ。ホントだ(笑)

いや、しゃれにならん(;´▽`A`(←終わってしまうw)
決してそう言うオチではないですが(←当り前)

確かにそう言う視点で見ると、佐伯ドクターはグッジョブです!(≧∇≦)b


  • 2012/11/27 23:36
  • YUKA
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canariaさん
canariaさん、こんばんは^^
コメントありがとうございます♪

(〃'∇'〃)ゝエヘヘ
久々に佐伯先生の登場でした~~♪

>自分自身の心に向き合う」という大きな契機を迎える事が出来回だったのでは・・

おお!ありがとうございます!
そうなんです。
そう言うつもりで書かせて頂いていたので、そこを汲み取ってくださって嬉しいです!^^
そして、こんな風に泣く優奈――
canariaさんに言われて気付きました(ぇ?
いえ、本当に。

私は泣き虫杏子と対比して、出来る限り優奈に弱さを見せる涙は流させないようにしているんです。
いつも優しく微笑んでいる優奈は、とてもいい子ですが
人のために泣けても、自分のためにはなかなか泣けない子です。
まして嬉しい時はともかく、哀しく辛い時に泣くことができない。
我慢しちゃう子なんですね。

それに、いいとこ取りなぐらい愛される優奈が、弱さを見せるのに泣くと
もう女の武器っぽくてね~~

そして、そんな優奈を導く人。
もちろん優奈には杏子もヒョヌも修平もいますが
こういう時は年の功というのでしょうか^^
近すぎる杏子では言えない医師として、友人としての言葉。
また違う響きと意味をもつ佐伯先生だからこそ、とか思って書いてました^^

これは以前に修平が言っていた、「人のことだからわかる」ということに繋がってます^^
優奈を囲む輪を外から眺めることができる人だからこそ、ですね。
そして佐伯先生は、医師としての杏子との対比でもあります。
一番年長者の佐伯先生は、医師としても人としてもキャリアが違う、やはり要の人なんです^^
ある意味ではですね^^
杏子の出来ない部分を支えてくれているとも申しましょうか^^

そして以前<哀悼>のくだりで書きましたが、優奈の中で佐伯先生は「父」と被っているんですね。
母を思い出し、父を思い出した。
だからこそ、素直に泣くことができたのだと。
これはまだ、ヒョヌオッパには無理な部分でもあります。

>抑圧された傷はどんどん形を変えて変容して、最後は解きほぐせくなってしまうー。

まさにそうですよね!
その姿を体現したのが「コウジ」でした。
罪と向き合わなければいけないコウジですが
コウジを、コウジの行為を苦々しく思い、嫌悪するのは
それぞれの中にも「罪」や「誤ち」に気付かされるからなのかも。
彼を、彼だけを責められない苦しい想いが消化できず
彼を断罪することで、みんな何かから目を背けようとしているのかもしれません。

そんなことを考えていくと、どんどん難しくなってくるのですが(笑)
実はこのあたりの
修平→ヒョヌ、修平→コウジ、佐伯→優奈、そして次話。
構想には、無かったお話なんです~~ヾ(*ΦωΦ)ノ ヒャッホゥ

流れとしては元々ある展開ですが
より伝わる、伝えるにはどうしたらいいかな~と考えて
皆さんとの会話やコメントで、発想したり書きなおしたりした部分です(笑)
皆さんの応援や励ましが、この「誓約の地」を作っていると言っても過言ではない!(〃'∇'〃)ゝエヘヘ
そのため、懺悔のラストは決まってますが
そこまでの会話の応酬や微妙な流れは、全く変わってきました。
……一回書いたものは全部お蔵入りですく(""0"")>
間に合わなかったら、悩んでいると思ってください(笑)

>やはり、感情は外に出して初めて「確認」出来る部分もあると思います。
>その過程を経てからでも、周りの事を考えてもいいんじゃないかと思うのです> <

そうですね。私もそう思います!
今まで優奈が本音を出さず、酷い目にあっているのに微笑んでいたのは
やはり周りの空気を感じ取っていたから。
自分の発言が周りに与える影響が怖かったからです。色んな意味で。
それは同時に、優奈がこのことから逃げていたということでもあるんです。


杏子もヒョヌも修平も、心が弱っている、本音を出さない優奈を心配していた。
でもそれを上手く伝えるのはとても難しいですから。
そして優奈のキャラが、それを一層難しくしています。

そして佐伯先生もまた、医師としても年長者としても
コウジの件では、動いてやらなかった自分を責めています。
何かでいることがあったのではないか――そんな想いを噛み締めて
同じ過ちを繰り返さないために、それぞれが動き出しているんです。

ロマンスグレー効果ですね!!
医者としての冷静な分析と言うよりも
優しく解きほぐすような語り口を想像して頂けたら幸いです^^

ここには主要メンバーの4人以外に、実はまだまだ多くの人がいます。
それぞれが実は一生懸命考えて生きているんです。
そんなことをチラッと醸し出せたらなぁ~~という回でした。
全員の様子や想いを描ききることはできませんが
実は次回はまたある人物が、優奈の元を訪れます^^
だれかしら~~と思いながら、次話を舞って頂けると嬉しいです^^


花魁の方のお返事も読んでくださってありがとうございます!^^
ついつい、canariaさんへのお返事は書き過ぎてしまうのですが(笑)
伏線を探りつつ、楽しんで頂けたら嬉しいです♪

ていねいな文章構成と想い――そう言って頂けて……照れますけども(笑)
伏線という名の理屈を捏ねながら、頑張ります!^^

いつも丁寧なコメントを本当にありがとうございます!!^^


  • 2012/11/28 00:17
  • YUKA
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