QLOOKアクセス解析

誓約の地/漂流編・118<懺悔(4)>



誓約の地/漂流編・118<懺悔(4)>



優奈の想い 杏子の想い


悩み 迷い 苦悩するその心

そこには何が映るのか



================================================





 優奈の覚醒に全員が安堵した。

 とりあえず峠は越えた。

 優奈はまだ絶対安静と釘を刺されていたため、それぞれ顔を見せに少しだけ部屋を訪れる。

 口々に安堵の言葉を告げて生還を喜んだ。



 目覚めてから更に2日ほど経って、杏子が果物を持って部屋に訪れた。

 ベッドサイドに椅子を置いて腰をおろし、膝の上にカゴをのせる。それは毎日行われる日課。

 カゴの中の果物は、本来皮ごと食べられる果物だ。

 しかし長い間眠るように意識のなかった優奈は、その間当然のように食事をしていない。

 杏子は弱っている内臓と消化のことを考えて、あえて皮を剥いていく。

 小さなナイフで器用に皮を剥きながら、更に細かくカットした。

「……杏子」

「なぁに?」

「ごめん」

「……何が?」

「もっと早く、杏子に言えば良かった」

 呟くような言葉に、杏子は一瞬手を止めて優奈を見た。

「何を?」

「コウジくんのこと。気付いてたの、彼の気持ち。もうずっと前から」

「優奈……」

「それなのに無視しちゃったの。自分がオッパに夢中で、その時間が楽しくて。それを邪魔されたくないって思っちゃったの」

 哀しそうな優奈に、杏子は小さくため息をついて微笑んだ。

「そんなの当り前じゃない。優奈は悪くないわ」

「でも、彼を追いこんじゃったよね」

「…………」

 窓の外を眺めながら、優奈は風を感じていた。

「襲われた時、ずっと考えてた。きっと杏子だったらもっとうまく対処してたって。杏子の忠告をちゃんと聞いて、杏子に相談していたら変わってたかもって。杏子が来るのを、待てばよかった」

「優奈……」

「彼、暗い目をしてたの。オッパを憎んでた。憎悪って感情をはじめて目の当たりにした気がしたから。凄く……怖かった。襲われていることもだけど、自分のせいでこんなに人を憎んでるってことが。彼、ずっと優しかったのに」

「あいつは裏切ったのよ」

「裏切らせちゃったのかも」

「そんな事ないわ!」

「彼も苦しんでたのかもしれないでしょう?」

「だから何?」

「いい人だったでしょ? 杏子もわかってるよね?」

 その言葉に、杏子は頷くことができなかった。

 コウジくんっていい人だよねと、何度も嬉しそうに笑う優奈を憶えている。

 そうねと返した自分も憶えている。

 それでも今は頷けない。


 ここ数日、優奈が杏子に何度も口を開こうとして逡巡していることもわかっていた。

 優奈は昔から、感情のままに言葉を綴ることが得意ではない。

 一旦呼吸を整えるように考え、それから少しづつ話し始める。それは彼女の癖ともいう語り方だ。

 だから杏子は辛抱強く待っていた。

「だからって許せることじゃないでしょう? 自分より非力な相手を、力づくでなんて」

「わかってる」

「わかってないわ。あいつは……コウジはそれを利用した。優奈のそういうところを」

「杏子……」

 こういう時、端的に要点だけを言い放つ杏子は、優奈の心の声を消してしまいがちになる。

 それが的を得ていればいるほど、優奈は頷いて微笑むだけで終わらせてしまう。

 自分と優奈の意見が割れる時ほど、ひと呼吸置かなければならない。

 そのことは充分わかっていた。

 杏子はなるべく冷静に、そして穏やかに聞こえるように細心の注意を払って優奈に問いかける。

「優奈。あなたはいつも人に温かくて優しい。あなたのそういうところは、本当に素敵だと思うわ。人としてね。――でもいい? 人として、仲間として、同じようにやって良いことと悪いことがあるでしょう? 彼はその一線を超えた。自分でね。それを庇ってやる必要なんて無いのよ」

「わかってる」

 わかってない。

 杏子はため息をついた。

「本当に? 全ての人が必ずいい人間だとは限らないのよ?」

「それは――」

「人の心には闇もあるわ。誰にでも。たとえそれが、ほんの小さなきっかけで起きた、魔がさしただけであってもね」

「彼は知らない人じゃない。ずっと仲間で、ずっと助け合ってきたじゃない?」


 不安的中――

 杏子の中で何かが叫んだ。

「彼もそう思ってたら?」

 押し殺した杏子の冷静な声が、優奈の耳に響いた。

「え?」

「優奈がそういう子だってことを、よ? どんな目に遭っても、そんな風に考える子だってわかってやったとしたら?」

「…………」

「自分だったから、そう考えているんじゃない? でもそれが優奈だけですむとは限らないとは思わない?」

「…………」

「彼は何度でもやるでしょうね。何度やっても許されるなら、何をしても許されるなら。それでもし、それに飽き足らなかったら? その手が、エリやリョウコに向かったとしたら?」

「それは――」

「それでも同じことを言う気? 彼も苦しんでたかもしれないからって? 彼はずっといい人だったって? だから許してやれと? 自分の大切な人が死ぬ目に遭ったのを見ながら、苦しんでた人間に」

 その言葉に、優奈は眼を伏せた。

「そんなこと、言ってるわけじゃないよ」

 杏子はハッとする。

 いつの間にか感情のまま話している自分に気がついた。

 これでは優奈を責めているのと同じだ。

 そうではない。優奈を責めているのではない。

 悪いのは――


「そうね。……ごめん。言い過ぎた」

 そう言って杏子は肩から力を抜いた。

 感情に任せて攻撃的になるのは悪い癖だ。

 言葉が人を傷つけ、災いを呼ぶことも充分わかっているのに。

「杏子は、相変わらず優しいね」

「どこがよ」

 優奈の言葉に杏子は苦笑する。

「杏子はいつも、怒ってくれるもの」

「それは……あんたが馬鹿なことばっかり言うから――」

「うん。その通りだね。私は弱虫だから。嫌になっちゃうぐらい」

 違う。

 優奈は強い人だ。杏子はいつだってそう思ってきた。

「優奈が弱いなんて思ってない」

「そんなことないよ」

「あるわよ」

 少し不貞腐れたような顔の杏子を見て、優奈はくすりと笑った。

 昔から変わらない杏子のこの表情が、優奈はなぜか好きだった。

「そうやって、杏子はいつも守ってくれる。私の心も。私のかわりに泣いたり怒ったりして。それは杏子の優しさだと思ってる」

「…………」



 人は誰しも間違いを犯す。

 あの時ああしておけば、こうしておけばと後悔もする。

 様々な分岐点で小さな選択を重ねて前へ進もうとすれば、必ずそこには後悔が落ちているものだから。

 そしてもう一つ存在していた、選択すれば現実だったかもしれない肢を考えては憂う。

 優奈も同じようにたくさんの後悔をしてきただろう。

 そして今回もまた。

 それでも優奈はそのことを飲み込んでしまう。

 それどころか傷ついた事象も、傷つけた人も、それを受け止めて受け入れてしまう。

 自分が傷ついていても赦してしまう。

 過ちは認め、素直に謝罪もする。そして笑うことができるのだ。

 そしてまた、信じようとする。

 それは弱さでないはずだ。

 決してまねのできない強さ――


 優しいのはどっちよ――その言葉を杏子は声には出さず、ただ優奈を見つめる。

「こんなことになる前に、どうしたら良かったんだろうね」

 その問いに答える術は杏子にも無かった。


「どうしたらいいんだろうね」

 風に揺れる木々を見つめながら、優奈は小さく呟いた。
















関連記事

Comment

こんばんは
二人の間柄とゆうか 位置関係

がわかるような気がします

互いに互いの存在が必要で

不可欠な間柄なんですね^^
  • 2012/10/21 22:38
  • フラメンティ
  • URL
管理人のみ閲覧できます
このコメントは管理人のみ閲覧できます
  • 2012/10/22 16:16
フラメンティさん
フラメンティさん、こんばんは^^
コメントありがとうございます♪

そうなんです。
彼女たちは彼女たちにしかわからない関係をきずいてきているのですが
お互いに、自分に足りない者を持っていると思っているのですね。

よく、男性の友情がカッコよく語られることがあるのですが
女の友情も悪くないなと思えるような2人に描けるといいんですが^^;;

>互いに互いの存在が必要で

>不可欠な間柄なんですね^^

おお!まさにその通りで^^
そんな風に汲み取ってくださって嬉しいです!^^

  • 2012/10/22 18:14
  • YUKA
  • URL
  • Edit
鍵コメNさん
鍵コメNさん、こんばんは^^
コメントありがとうございます♪

体調は良くなりました~♪
御心配をお掛けして、すみませんでした^^;
鍵コメさんの体調はいかがでしょうか?

>憎悪って感情をはじめて目の当たりにした気がしたから。凄く……怖かった。襲われていることもだけど、自分のせいでこんなに人を憎んでるってことが


鍵コメさんのおっしゃる通りですね。
彼女自身が憎悪を発したりはなかったと思います。

ただ優奈はとても裕福で幸せな家庭ではありましたが
それでも人の悪意や蔑み、妬み、嘲笑を受けてこなかったわけではないのです。
ただ人は、そういう悪意や侮蔑のようなものをダイレクトにぶつけてくるというよりは
優しい振りしてそのなかに悪意を交えたり
どちらかというと、自分は安全な状態で(他の人に知られないように)
自分に都合のいい状況で、人を蹴落とそうとするような気がしているのです。

優奈はそういう感覚や感情はわかっているのだと思うのです。
ただコウジが優奈に見せた「憎悪」とは
もっとあからさまな、純然たるものというか。。。
純粋な憎悪――って、なんだか可笑しな表現ですが^^;

もう、それだけに染まってしまっている、
憎悪そのものを形作っているような錯覚に陥るほどの憎しみというものを
はじめてダイレクトに感じた、見せつけられた、という感じなのです。

わ、私の説明と文章力不足で不徳の致すところでございます(笑)(;´▽`A``


優奈は庇っているというよりは、自分にも落ち度があったのではないかと考えている節が。
そんな事ないし、考えなくていいのですが
そこが優奈の甘さでもあるし、世間知らずなところでもあるのですね^^;
それに、次話で明かしますが
彼女が本当に嫌だと思っていること、辛いことは別にございまして。

鍵コメさんのいうように、杏子の言い分ももっともなんですよね。
本当に難しいところです。

相手の方が、より相手を理解できている――
この2人たちは本当にそんな感じです^^
  • 2012/10/22 18:36
  • YUKA
  • URL
  • Edit
杏子が優奈を引きずってコウジの前に姿を現し、二人組の刑事のごとく、和戦両様の構えでコウジ君を精神が崩壊するまでちくちくちくちくちくちくちくちくいたぶればすべて解決、と一瞬考えてしまったわたしをどうかお許しください。だめだ汚れているわたし。(汗)
ポール・ブリッツさん
ポールブリッツさん、こんばんは^^
コメントありがとうございます♪

お身体は大丈夫でしょうか?><。

――って、えぇ???(笑)
それはかなり怖い^^;

杏子はともかく、優奈は出来ないでしょうね(笑)
あ、天然炸裂で追い詰めるとか?
惚気まくって追い詰めるとか?
そして彼は灰に。。。(*´∇`*)


うわぁ~~番外編っぽい気が(笑)
  • 2012/10/22 21:38
  • YUKA
  • URL
  • Edit
こんばんは〜!^^!
読ませて頂きました!
先日は、拍手コメントにて、お優しいお言葉お寄せ下さってありがとうございます> <
もう大丈夫・・・ですゆえ〜^^


<懺悔>に入ってから、優奈さんと杏子さんの心理描写が、とても丁寧に繊細に綴られていて、触れたら壊れそうな危うさと儚さが漂っているようにずっと感じています。
優奈さんの意識と体調が少しずつ快方に向かってきていて、今回初めて、優奈さんの肉声が聞けた感じがしました。
そんな優奈さんの言葉に、痛ましく感じる程の優しさを感じる一方で、自分が嫌だと感じた事に自分でも気付かない内に蓋をしちゃっているような危なっかしさも感じてしまいました。
杏子さんが、この島に一緒にいて良かったなって、杏子さんの言葉を聞いてすごく思いました。
優奈さんを案じるあまり、本質的な事をずばりと掬い取ってしまう自分の鋭さを、持て余してしまう杏子さんも、同じくらい優しい女性ですよね。
杏子さんのこの言葉は、すごく考えさせられました。
「自分」だったら言えるけれど、もしコウジの暴走が他にも及んだ時、同じ事を言えるのか、という問いかけは、本当に悩むところですよね。
集団生活対コウジ、優奈さん対コウジといいったような、様々な問題を、コウジは引き連れてきたような気が・・・> <

どうしたらいいのだろう、重ねて問いかける、もしくは一人呟く優奈さんは、もしかすると、当事者だったからこそ、他の人が見えていない何かを見つけているのかもしれない・・・とも思わされました。
canariaさん
canariaさん、こんばんは^^
コメントありがとうございます♪

いえいえ、お互い季節に翻弄されてしまいましたね^^;
お元気になったみたいで良かったです^^


そうなんです。
懺悔は心の葛藤が一番難しいんですが、
>触れたら壊れそうな危うさと儚さが漂っているようにずっと感じています
そう言って頂けて嬉しいです^^

やっと少しづつ、優奈の心が語られてきました。

>自分が嫌だと感じた事に自分でも気付かない内に蓋をしちゃっているような危なっかしさも感じてしまいました。

そうなんです!
優奈は今、自分のことよりヒョヌのこと、杏子のこと、みんなのことを先に考えてしまったんです。
それはみんなの心の中に暗い影を感じたからで
それはまさに、自分を想ってのことだと感じたからです。
バラバラになるみんなを無意識にかばっているような感じでしょうか。
それは優奈が一番強く思う
「いつかみんなで助かろう」
その想いに、強い責任感を感じているからです。

そういう意味では、まだ優奈の心も取り戻せていないのかもしれません。
その責任感や使命感に動かされて、自分の想いと向き合えていない感じ、です。
とにかく全員を元に戻そうという想いが強いのかも。

優奈は「人がなくなる」ということに対して、非常に強い思いを抱いています。
そのひとつは、母の死。
そして他にも、彼女の過去が係わっているのですが。

杏子の優奈に対しての感情は時々暴走します^^
それでなくても物をはっきりいう杏子は、言い淀む優奈の声をころしてしまいがち。
そこを良くわかっているのですね。

杏子の言葉は、まさに優奈の核心をついてますね。
きっとそう思っているのだろうと案じているのですが、そしてまさにその通りなのですが^^;
優奈はもう少し、違うことも考えています。

>もしかすると、当事者だったからこそ、他の人が見えていない何かを見つけているのかもしれない・・・

もうcanariaさんも感じてくださいましたか――!!

このことを本質的に解決するにはどうしたらいいのか。
そのために自分が出来ること、すべきことは何があるか。
彼女は常にそう考えるのですが、それもある想い出が係わっています。
その種明かしは「追憶編」ですけども(笑)

そして今彼女がまさに一番嫌だと感じているのは、もう一つの想い。
それは次話で少し明かします^^

コウジは本当に色々なことを連れてきてしまいました^^;
でも彼こそが、本当は一番人間臭いのかもと思ったり。

彼らの再生のきっかけが書けるといいのですけど^^;
またまた頑張ります♪

出来たらまた読んでくださいませ^^

  • 2012/10/25 21:02
  • YUKA
  • URL
  • Edit
Comment Form
公開設定


上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。