誓約の地/漂流編・51<黙祷(2)>
- Day:2011.11.12 00:00
- Cat:第一章/漂流編
誓約の地/漂流編・32<決断>を改稿にあたり改題して掲載。
教会を発見した後、優奈は翻訳に取り掛かっていた。
教会の一番奥にあった部屋の本棚には、驚くほど色々な種類の本が残されている。
その中には様々な図鑑や辞書まであり、優奈の翻訳もこれに助けられた。
一通りの内容を全員に話したが、急いで翻訳をしたため内容に見落としがないか杏子にも確認して貰っていた。
「なるほどね」
杏子はそう言うと、優奈にメモを返した。
教会の周辺などにとりあえず差し迫った危険はないと判断して全員で移動した後、ヒョヌとソンホ、優奈と杏子の4人は医務室にあてた部屋で話しあっていた。
「どう思う?」
優奈は杏子に声を掛けた。
手帳を発見した部屋で、杏子は今手帳に目を通している。
杏子はちょっと思案しながら話し始めた。
「確かに、ヒョヌさんの心配もわかるのよね」
「…………」
「なぜ、ここにこんな建物があるのか? なぜ、誰もいないのか? なぜ、多くの物資が揃えてあるのか? 疑問なら山のように浮かんでくるわ」
「だよね」
「このメモにしても――」
「メモ?」
「そう、見て」
杏子はメモを、テーブルの中央に置いて説明し始めた。
「最初の文と空白後の文。同じ人が書いてるみたいだけど、明らかに感情が違う」
「感情?」
「最初の文章は救助に喜んで、急いで書き綴った感じ。後半の文章は――」
「…………」
「なんとなくね、まるで事情がわかっているのに、含んで書いている感じ」
「どういうこと?」
「さぁ、それはわからないけど」
杏子の言葉に、メモを見直していた優奈は、他のメモをテーブルに並べる。
「英語のメモと、他の言葉のメモは、書いてる人も違うみたい」
「ホント?」
「うん。たぶんだけど……それに」
「なぁに?」
「この間ちょっと思ったんだけど、翻訳されている言語が……」
「――――?」
「オッパが、読ませようとしてるって言ってたでしょう?」
「あぁ」
「英語、フランス語、中国語、ロシア語、スペイン語、アラビア語……これって、国連指定の公用語だなって」
「国連?」
優奈の一言に、全員が思わず大声をあげた。
「ん――、わざと、なのかなぁ」
「ま、指定されてるのは、それだけ世界で重要な言語ってことなんじゃない? このうち、どれかは読めるだろうって感じで揃えたのかも」
そう話す杏子の隣で、目を丸くしていたソンホが疑問を口にする。
「軍事目的ってことはないですよね?」
「ん――」
「国連なら、逆じゃない?」
杏子はソファーにもたれながら、肩をすくめて呟いた。思わず口にしたことに慌てた優奈は、急いで訂正する。
「あのね、私が思っただけだから、ホントにそうかはわからないの。ただ、あれ? って思っただけだから」
本気にはしてないわよと杏子が優奈に声を掛け、ヒョヌはメモを見ながらため息をつく。
「優奈は、これ――全部読めるんだね」
「あ、うん。アラビア語は読み書きだけだけど。通訳は無理」
「それでも凄いけどね」
とんでもなく優秀なんだなと呟いたヒョヌに、そんな事ないと慌てて訂正する。
特に名案も対策も浮かばないまま、話が脱線しそうな気配を感じて、杏子は相談を打ち切ることにした。
「ま、これ以上考えてもわからないわ。だったら――私も、ここに移動したままでいいと思う」
「そう?」
「まぁね。前にもいったけどここなら雨も風も防げるし、どんな状況でもベッドで寝れるって大きいわよ。いくら元気に過ごしていても、あそこでこのままだといつか誰かが身体を壊すかも」
「そうだね」
「だったらここの方がいいでしょう? それに一番の問題はこの食料を口にしてもいいのか? ってことの方よね?」
「そう」
これに全員が頷いた。まさにそれが問題だった。
どんな理由があったとしても、自分達のここでの生活は変わらない。
わからないことに心を砕いても、不安と疑問ばかりで前には進まないからだ。
ただ、誰かの意図があった時、現実に口に入れるものの安全だけが心配だった。
そんな様子を感じて、杏子は最終的な結論を話し始める。
「それこそ考えてもわからない。私だけでなく佐伯先生だって、この中に何か含まれているかなんて調べようがないもの。船から運んだ食料もいずれ底をつくでしょ? ここにこんなに食糧があるなら、このメモを信じて頂くしかないんじゃない?」
「そうだなぁ」
「それしかないですね」
杏子の後押しで優奈は気が楽になった。
「とりあえず必要なことは何かなぁ。食料についてはジャンさんと相談するね」
出来る事から始めていこう。
疑問が消えたわけではないが、悩んでも始まらない――
思考を切り替えた優奈は、もうすでにこれからの生活に必要な手順を考えはじめていた。
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