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誓約の地/漂流編102<失踪(2)>



誓約の地/漂流編102<失踪(2)>







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 その頃――

 海の見張りでソンホと組む佐伯がジャンと薬草の収集に出ていたため、代わりにヒョヌが海岸でソンホと火番をしていた。

 日が落ちるまでの間交替してほしいと頼まれたのだ。

 ヒョヌが久しぶりにソンホとゆっくり話をしていると、エリが凄い勢いで走ってくるのが見えた。

「どうした?」

 息を切らして慌てているエリにヒョヌが声をかける。

「杏子さんがヒョヌさんを呼んでって」

 エリは胸を抑えながら一気に話した。

「え?」

「なんか、杏子さんが急いでて」

 エリの言葉を聞いてヒョヌは眉間にしわを寄せる。

「どうして?」

「優奈さんがコウジさんと落し物探しに行ったって言ったら、すごい剣幕で――」

 その時、ヒョヌの心臓がどくんと鳴った。

 優しい色を浮かべていた瞳の中に鋭さが加わる。

 その変化にエリとソンホが無言で驚いていると、ヒョヌが静かな声で問いかけた。

「優奈は?」

「あ、あの――泉の方へ。今杏子さんが探してますけど、いなかったんです。そうしたら杏子さんがヒョヌさんを呼んで来てって……」

 エリの話が終わる前にヒョヌは駆け出していた。

 杏子が慌てて呼び戻すくらいだ。なにかあったんのだとヒョヌは直感的に思った。


 2人とも、コウジの動向には気を配っていた。優奈を1人にしないように――

 それは優奈もわかっていたはずだ。



 何があった?











     ***










 ものすごい勢いでヒョヌが泉まで来ると、リョウコに呼ばれた修平も来ていた。

「優奈は?」

 ヒョヌのその問いかけに、杏子が小さく首を振った。

 重い空気が2人の間に流れていく。

「泉って言ったんだよな?」

 その沈黙を変えようと、修平はリョウコに問いかける。

「はい。たぶん泉辺りに落としたんじゃないかって――」

「なんで2人で……?」

 ヒョヌの呟きに、リョウコが慌てて説明する。

「一緒に探すって言ったんですけど。杏子さんが来たら来てって言われて……」

 ヒョヌの後を追って走ってきたエリが泉に着くと同時に、今まで黙っていた杏子が口を開いた。

「ツヨシが怪我をしたから手当をしに医務室へ行ってたの。たぶん30分ぐらいだと思う」

 30分――微妙な時間だった。

 そんなに遠くまで行ける時間ではないが、ここからどの方向に向かったかもわからないために探しようがない。

 両手を握りしめた杏子が唸るように呟く。

「ごめんなさい。私のせいだ」

 振り絞るようなその声を聞いて、ヒョヌは静かに声をかけた。

「杏子ちゃんのせいじゃない」

 修平は鋭い視線を森に向けたまま、おどけたように肩をすくめる。

「子供じゃないから、常に監視はできないさ」


 重苦しい空気が流れる中で、エリとリョウコは戸惑っていた。

 誰かと2人で仕事をしたり行動したりすることは今までもあったことだ。

 確かにコウジが優奈を気に入っているのは知っていた。

 しかし、優奈を気に入っているのはコウジだけではない。

 怪我をしたツヨシも、以前は修平でさえそうだった。
 
 コウジとも何度か2人で作業をしているのを見かけたこともある。

 優奈はそういうことでわけ隔てをする人間ではないということも知っている。

 だから3人の態度が奇異に思えたのだ。

 何故か慌てている3人を見て、今の状況がいまいち掴めずにいた。

「あの――何かあるんですか? あの2人」

 リョウコは抱えていた疑問を口にした。

 しかしヒョヌも修平も、杏子でさえ何も語らない。

「何も」

 暫くすると、不安そうに立ち尽くしているエリとリョウコにヒョヌが声をかけた。

「2人のせいじゃないから、気にしなくて大丈夫」

 そう言って小さく微笑んだ。


 こんなことならエリとリョウコにも話しておくんだったと、杏子は激しく後悔していた。

 この島での人間関係は良くも悪くも濃い。

 どんな想いを抱えていても相手から距離を置くことなどできないからだ。

 杏子には自分の勘が間違っていないという自信はあった。

 しかしそれをエリとリョウコに話すことで、彼女たちによけいな負担をかけたくなかった。

 話せばきっと協力をしてくれただろう。

 だが話を聞いてもコウジの前で平気な顔をしていられるかは別の話になる。

 たいがいの人間は、好意や嫌悪の感情が知らず知らずに言葉や態度に出てしまう。

 それを隠せと言っても、この狭い交友関係の中ではかなりの負担になる。

 彼女たちを、あくまでも推測でしかない自分の勘で振り回したくないと考えたのだ。

 そしてコウジに対しても。

 誰彼かまわず話していいことではないと思っていた。

 下手をするとコウジを追い詰めてしまう危険もあった。

 だが、それが裏目に出た。

 いつもと違う環境で、杏子自身も判断に迷いもあったのも事実だった。

 ここにはヒョヌと修平、2人がいる。

 今は1人で全てを把握しなくても、力になってくれる人間が2人も出来てしまった。

 それが自分の判断を狂わせたのか――

 その想いが無意識に油断になったのだと思う。


 間違いであってほしい――

 杏子は肥大していく不安や焦りと戦いながら、今回ばかりは自分の勘が外れることを必死に祈っていた。





「もうすぐ日が暮れる。とにかく範囲を広げて探そう」

 ヒョヌが声をかけると修平は黙って頷き、杏子は「ええ」と短く応えた。

 杏子が泉の周りを一通り捜索したので、捜索範囲をそこから北に向かって扇状に移していく。

 そんなに広い島ではないと言っても、捜索するのは至難の技だった。

 隠れようと思えば深い森の奥に入って行けばいい。

 しかも日が落ちれば月明かりだけが頼りになる。

 森の奥深くでは、覆い茂った木々が邪魔をして光はなかなか届かない。

 急がなければならなかった。


 修平は明らかに動揺している杏子の肩に手を置き、わざと明るい口調で声をかける。

「大丈夫。ひょっこりでてくるさ」

 その言葉に杏子は小さく頷き、ヒョヌの様子で心配して駆け付けたソンホにも事情を話した。

 すぐに見つかるはずだと、それぞれが自分に言い聞かせながら捜索していく。




 しかし――

 森が闇に包まれはじめても、2人を見つけることは出来なかった。















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