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誓約の地/漂流編101<失踪(1)>

誓約の地/漂流編101<失踪(1)>



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 教会と泉の間の森を少し北に入ると、大きな岩の陰に木々が死角になって見えない程度の少し開けた場所があった。

 そこに張り出すようにして伸びた枝が茂り、ちょうどいい小陰を作っている。

 泉の傍にある滝を通って流れてくる風のおかげで、他の場所よりも涼しく感じられる場所だ。

 そこは主に女性陣の集まる場所となっていて、普段から女性だけで繰り広げられる他愛もないおしゃべりは彼女たちのストレス発散になる。

 集まる際は飲み物などを持ち寄って適当に腰かけていたが、暫くすると優奈はそこに余っていた資材で簡単なテーブルと椅子を組んでいた。



 数日後――

 優奈の体調が回復したのを見計らって、杏子はエリとリョウコと共に優奈をその場所に誘った。

「良かったですね。大事に至らなくて」

 リョウコがそう言って優奈に笑いかける。

「ありがとう。ごめんね、心配をかけて」

 申し訳なさそうに謝る優奈に、リョウコは笑いながら首を振った。

「むしろ忙し過ぎることを心配していたので。いい休養になったんじゃないですか?」

 エリもそう言って笑っている。

「ほんと、ちゃんと言いなさいよ。逆に迷惑をかけるんだから」

 呆れた顔で杏子が忠告すると、優奈は微笑みながら首をすくめた。

 いつもの作業と昼食を終えてそれぞれが思い思いに過ごせるひととき――

 少し日が傾いてきたため、日差しも弱まって過ごしやすい穏やかな午後だった。



 するとそこに、カズヤが慌てて走り込んできた。

「どうしたの?」

 驚いた優奈が声をかけ、全員の視線がいっせいにカズヤに集まる。

「いつもみたいに海で遊んでたんだけど、ツヨシさんが岩場でちょっとこけた拍子に腕を切っちゃって」

「どの程度?」

 杏子はすっと立ち上がると、カズヤに鋭く聞いた。

「腕の外側をこうスパッと切っちゃって、けっこう出血が。でもそんなに傷は深くないってキャシーさんが言ってて。佐伯先生が出掛けちゃったから杏子さんを呼んで来てほしいって」

「そっか。ジャンさんと山歩きしてるんだっけ」

 今日もそれで出掛けると言っていたのを優奈は思い出した。

「キャシーがそう言うなら、そんなに大した怪我じゃないんでしょ。大丈夫よ」

 不安そうな優奈に杏子はそう声をかける。

 キャシーは以前、アメリカの病院に勤めていた看護師だ。

 医師ではないが、佐伯や杏子と共に当番制にして医務室につめることにしていた。

 怪我や病気の程度にも因るが、キャシーが担当の時は医師である佐伯か杏子を呼ぶのもルールだった。

 佐伯とジャンは時々揃って山の向こう側まで出掛けている。食料や薬になりそうな野草を探すためだ。

 だから近くにいた杏子を呼んで来いと言ったのだろう。

「すぐ行くわ」

 杏子はそのままカズヤと歩きながら、後ろを振り返って優奈に声をかけた。

「終わったらすぐ戻るから、話を続けてて」











     ***










 ツヨシの手当てをしに医務室へ向かった杏子が、ほんの30分ほど戻ってきた。

「どうでした?」

 リョウコが心配そうに声をかける。

「大丈夫。ちょっと出血が多かったけど、もう止まったわ。手当てして一応抗生物質を飲ませてきた」

 それを聞いて、エリとリョウコはホッとした顔をした。

 この島での大怪我は命取り――何度も杏子にそう言い聞かされていたからだ。

 客船や備えてあった木箱の中に薬はあったが、大きなけがに対処するような設備はない。

 それだけに身の安全はうるさく言われている。

「ねぇ、優奈は?」

 杏子は辺りに視線を流してそう問いかけた。

「なんかコウジさんが落し物したとかで探すの手伝いに行きました」

 リョウコの話を聞いて、杏子の目がきらりと光った。

「1人で?」

 杏子の綺麗な眉が上がる。

「あの、杏子さんが戻ったら伝えてって」

 何となく様子の変わった杏子に驚いて、リョウコがいつもより早口で説明した。

「どこへ行くって?」

「泉のほうだって言ってましたけど」

 エリも急いで答えた。

「お母さんの形見らしくて、すっごく困ってたから。一緒に探すって言ったんですけど、杏子さんが来たら来てって言われてて――」

「――杏子さん?」

 2人の説明が終わらないうちに杏子は泉に駈け出した。

 足場の悪い泉までの抜け道を滑るようにして降りていく。



 ヒョヌは佐伯が戻るまでの間、ソンホと共に海の見張りをすると言っていた。

 エリとリョウコが一緒だったから油断した。

 ヒョヌは自分が一緒だから離れたのだ。


 嫌な予感がする――



 こういう時、杏子の勘はあまり外れない。

 本人もそれをよく知っていた。











     ***










 杏子は急いで泉のほとりまで来たが、2人の姿が見えない。

 泉は見晴らしのいい場所だ。見渡せばすぐに見つけられるはずだった。

 どう見てもそこに人影はない。

「優奈!」

 これだけ叫んでいるのに返事がないということは、ここには居ないのかもしれない。

「優奈!」

 大きな声で叫ぶ杏子に、後を追ってきたリョウコとエリが声をかける。

「杏子さん、どうしたんですか?」

「エリ!急いで海岸に行ってヒョヌさんを呼んで来て! 優奈がいないっていって! リョウコは修平を呼んで! 大至急! 走って!」

「は、はい!」

「わかりました!」

  怒鳴るような杏子の声に驚きながら、そのあまりの剣幕に2人は走って戻っていく。

「どうしよう。何もなければいいけど――」

 杏子は辺りに目を凝らしながら優奈を探した。

 だが探すにしても優奈はここだと言ったのだ。

 ここ以外の場所となれば範囲は広がり過ぎる。

 一人でやみくもに駆けだしても仕方がない。

 ヒョヌと修平を呼びに行った2人が戻るまでの時間を、杏子はじりじりとしながら待っていた。

 その間も行き先を考えていたが、上手く思考がまとまらない。


「お願い! 優奈、返事して!」



 杏子は珍しく焦っていた。












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