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誓約の地/漂流編・98<懸念(2)>


誓約の地/漂流編・98<懸念(2)>





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「ええ」

 あっさり肯定して微笑む杏子に、ヒョヌも小さく笑った。

「やっぱり。何となく修平の雰囲気が変わったなと思ってた。杏子ちゃんのおかげかな」

「私?」

「最近修平と話ができるようになった」

「そうなの?」

「そう。彼が優奈を好きだったころは、徹底的に嫌われてたからね」

「あら、それはお互いさまでしょ?」

「嫌ってはいないよ」

「そう?」

「そう。信じられないかもしれないけど。いい男だなとは思ってた」

 優奈の事が無ければ、もっと素直に認めていたかもしれない。
 
 確かに優奈にした嫌がらせはどうかと思っていた。

 しかしそれだけ修平が必死だったのもわかっていた。

 それでも、ヒョヌはもう何度もそう思っていた。

 修平が言ったことは、まるで見透かされてるみたいに本当にイチイチ当たっていた。

 頭の回転も速いし機転もきく。
 
「嫌いじゃなかったの? あんなに嫌われてたのに」

「そうだね、随分嫌われてた。だから僕も近づかなかったし。でもそれは嫌っていたというより警戒してたから」

 何かを思い出して、ヒョヌは海を見つめながら微笑んでいる。

 日が少し傾き、いくらか柔らかくなった日差しに目を細めるその横顔は美しかった。

「見た目も人への対応もいい男だって思うよ。言葉がわからない時からそう感じてた。たぶん――
 そういう意味で僕がそう思うのは修平だけだった。だから修平が優奈に近づくのが怖かったんだ。
 付き合う前も付き合ってからも、目を離したら持ってかれるような気がして。
 絶対渡さない、渡したくない――そう思っていたんだけど。
 もし優奈が修平を選んだとしたら仕方が無いとあの頃はどこかで思ってた気がする。
 それを必死で打ち消したくて、いつももがいてたよ。修平には負けたくない、修平には渡さないってね」

 穏やかに微笑みながら海を見つめるヒョヌの横顔をみて、杏子は小さく笑っている。

「なるほどね」

「まぁ、あの頃の僕を見て修平を嫌ってないと言っても信じられないだろうけど。
 あの時の感情は嫌いだったからじゃないんだ。
 むしろ修平を認めてる自分を打ち消したくて、優奈を渡したくなくて苛立ってた」

「……だいぶ、解消された?」

「そうだね。負けたくはないけど」

「ヒョヌさんも負けず嫌いだからね」

「否定は、しない」

「そりゃあね。似てるから、2人とも。タイプの違う負けず嫌い」

 断言する杏子に、ヒョヌは「なるほど」と言って笑った。

 間違ってはいない――ヒョヌは以前の修平とのやりとりを反芻してみる。

 お互いが相手に負けたくないとぶつかっていた頃、何かにつけては対決することが多かった。

 ゲームとして参加したビーチバレーやトランプなどのゲームはもちろん、水くみや薪集めに至るまでだ。

 ほんの些細なことでさえ、相手より少しだけ上にいたい――

 そんな風に思っていたし、そのために意地になったりした。


 今考えると何ともくだらない。

 そんなことを思い出して、ヒョヌの口元が少し緩む。

 ほんの少し前のことなのに、もう随分昔のことのように感じる。

 それほど急激に修平との距離が埋まっていた。

 それはやはり、杏子のおかげなのだろう。

 海へと視線を移して考えに沈むヒョヌの横で、杏子もまた海を眺めている。

「私はずっと、2人はいいコンビになると思ってる」

 そう言うと、杏子は肩をすくめた。

 優奈の件が無ければ、もっと早くに2人は友人になれたと思っていた。

 タイミングを逃したが、まだ遅くはないとも。

「悩んでいるのはわかってた。でも様子を見てたの。どうするのか――あの頃はそれを待っていた。
 最初から、どちらかというと私もあなたに肩入れしてた。それは優奈の気持ちがあなたにあったから。
 ビーチフラッグ憶えてる? あれは私の賭けだった。あなたの本気がどこまでか、それが知りたかったの。
 あなたと修平の一騎打ちは予想してたから、私の興味は決勝だけだった。
 もしあなたがあそこで修平に負けていたら、あなたに任せられないと判断してたわ」

 心地いい潮風が、2人の間を緩やかに流れていく。

「好きな女のために熱くなれない様じゃ、他の男にみすみすくれてやる様じゃ話にならないでしょう?
 決勝戦前、優奈にもそう言った。あの子は困ってたけどね」

 それはそうだろうとヒョヌは思った。

 そう言われて戸惑った優奈を容易に想像できる。

 あの時、そんな会話が繰り広げられていたのかと思うと苦笑するしかない。
 
 もし自分が負けていたらどうなっていたんだろうかと、ふと浮かんだ疑問が聞こえたかのように杏子が話し続けた。

「もちろん優奈の気持ちはヒョヌさんにあったけど、それは絶対ではないの。
 ごめんなさいね。こういう言い方は失礼だってわかってるけど――でも、彼女に関してはそれが事実。
 もしあの頃私が修平に味方していたら変わっていたと思ってる。
 どちらでも構わないかも――そう思うぐらい、第一印象は2人ともいい男だと思った。
 第一印象って見た目じゃないわよ? それだけの男ならたいしたことないもの」

「…………」

「あれだけの美人よ? しかも天然美人。スタイルも性格も申し分ない、知性も教養も育ちもいい――そうそういない程、いい女でしょう?」

「まぁね」

「今まで、男が近寄ってこないわけないでしょう? いたわよ、腐るほど。
 金も地位も名誉も見た目も、自信のある男ほど嵌まってくの。忘れられずに苦しんでる男も知ってる。
 きっとヒョヌさんの予想してる以上にモテるからね、あの子。でもピンとこなかった。
 本人も、私も。だから却下」

 当然だと言わんばかりに杏子は笑っている。

「……怖いな」

 そう言ってヒョヌも笑った。

「よく言われてた。優奈と付き合うには、まず杏子を口説けって。
 最初はね、どっちが優奈を射止めるか、付き合えるかは五分五分だったと思ってる。
 優奈と私はね、そのぐらい繋がってる――もう昔から。彼女に好意を寄せても、私が却下なら却下なのよ。
 たとえ彼女の父親がいいと言ってもね」

「それは、凄いね」

 ヒョヌはおどけるように肩をすくめた。

 しかし微笑む杏子の顔がほんの少し陰ったように見えて、ヒョヌは笑うのを止める。

 杏子の顔を見つめながら次の言葉を待っていると、彼女の口がゆっくりと開いた。 

「優奈は3度、私を救ってくれた恩人なの」

「3度?」

 その問いに杏子は肩をすくめた。
 
「命を救ってくれて、心を救ってくれて――彼女がいたから生きてるの。
 彼女がいたから笑う事が出来て、楽しいと感じられて、未来を描く事が出来る。
 彼女がいたから生きることを許されてる。
 感謝と懺悔――その想いだけで必死に生きてきた。そうね、今もかな」

 杏子は懐かしむように視線を海へ戻し、大きく息を吸うと一気に話した。

「だから優奈を任せる人は、私にとっても重要なの。私の出来うるすべてを使って彼女の味方であり続ける。
 その誓いはまだ活きてるから。彼女の幸せが、私の幸せなの」


 心なしか視線を落とし、淋しそうに微笑んでいるようにも見える。

 いつも毅然としている杏子にしては珍しい表情だった。

「わかった。信頼を裏切らないように頑張ろう」

 大丈夫だよ――そう伝えているかのような優しい声音。

 静かな決意を感じるその穏やかな声に、杏子は小さく笑った。
 
「裏切ったらタダじゃおかないわよ? でもまぁ、もう今更だけどね」

「何が?」

「優奈の気持ち。もう、ビックリするほどヒョヌさんに夢中。今更私が何言ってももう聞かないでしょうね。
 あんなに嵌まるなんて――ヒョヌさんて凄いのね?」

 いつもの雰囲気に戻った杏子が、艶やかな視線を向けて意味あり気に笑う。

 ヒョヌはそこに含まれる意味に気がついた。

 まぁねと肯定すればいいのか、そんな事ないと謙遜すればいいのかわからず曖昧に濁して苦笑する。

 杏子はそんなヒョヌから視線を外し、海を見ながら呟いた。

「だから困るのよ。他のヤツが出しゃばってくるのは」

「……コウジ?」

「そう。あの子は違う。いい子だけど、それ以上でもそれ以下でもない。
 ホントいるのよね、ああいう血の巡りの悪い子が。
 優奈に嵌まると周りが見えなくなる男はいつものことだけどね。
 でもどう見たってあなたに勝てるわけないでしょうに。
 勝手に憧れて恋するのはいいけど、あの子の邪魔はさせないわ。恋は盲目っていうけど相手が悪いわよ。
 身の程を知れって感じ!――とにかく、私も気を付けるけど、よろしくね」

「わかった」

 素直な感想だった。

 そして同時に、2人がつくってきた過去――それがなぜか酷く気になった。

「杏子ちゃんは優奈の――お父さんみたいだね」

 ヒョヌの一言に杏子が思わず噴き出した。
 
「母じゃなくて父なの? まぁそうね。 結婚の許可は私にも得てね」

「わかった、そうするよ」

 

 普通の男なら、ここで眉をひそめていることだろう。

 今まで、杏子の物言いを嫌悪する男性も少なくなかった。

 だがヒョヌからはそれが一切感じられない。



 優奈に対する自分を当然のように受け止めてくれる。

 杏子はそれが何より嬉しかった。












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Comment

こんにちは!!
YUKAさんこんにちは!
今回は杏子さんの優奈さんに対する思いが大分吐露されてる回でしたね。
修平さんとの事よりもやっぱりちょっと優奈さん寄りな杏子さんが本当に「らしい」です(笑)

なるほど、感謝と懺悔・・・有り体な「好き」とか「大事」という気持ちだけじゃないんだという事が端的に伝わる感情ですよね、感謝とか懺悔って・・・ヒョヌさん同様2人の過去が気になる展開です^^
修平さんとヒョヌさんもこれからいい親友になれそうな予感もあり、つまり2人は好敵手というか何というか、本当に2人ともいい男なんだと言う事がよく分かりました///
それに引き換えコウジのこき下ろしようがなんだか本当にあれですが(笑)
コウジの一人称の時はコウジに感情移入出来るのですが、こうして外から見るとやっぱりコウジって陰湿に感じてしまうんですよね・・・
人の感情って目に見えないから見た目が全てじゃないけど、そこが人間関係の難しさかなーとかふと考えちゃう自分がいました。
いろんなタイプのキャラの書き分けが出来るYUKAさんに応援ポチです〜☆
  • 2012/04/03 11:03
  • canaria
  • URL
canaria さん
canaria さん、こんばんは^^
コメントありがとうございます♪

杏子――らしかったですか?^^修平とのことはかなりあっさりです(笑)
杏子の優奈への想いは、ちょっと特別ですね。
彼女の言う「感謝と懺悔」に全てが集約している感じです。
友人として大事とか好きとかだけでは語れない彼女の想い――
早く書きたい><

修平もヒョヌも、杏子の様子から聞き出せない感じです^^;

実は――優奈の杏子への想いも描きたいのですが
寝込んでいたため進んでません(笑)

コウジの心情は彼なりの想いがあると書きたかったのですが
この状況で、彼の心情はみんなには見えないですからね。
通常の人間関係でも自ら話さなければ伝わりませんが
小説は、そっちサイドに立つと感情移入しやすいですよね~~
それぞれがそれぞれの立場と想いで、色々考え悩んでいることを描きたかったのです^^
誰かだけが凶悪に悪いのではないというか……。
実際は、とても陰湿に見えてしまいますね~~彼の様子は。
ただ、杏子は色々勘づいていても厳しい気もしますが(;´▽`A``

杏子は厳しいんですよね~~^^;
優奈が係わると特に。。。


杏子のこき下ろし(笑)
彼女は徹底して優奈寄りなので(笑)
その辺をかなりフラットな考え方の出来る(はずの)
修平が上手く中和できるといいんですけど^^;
でもきっと彼は「俺に押し付ける気か?」って言いそうです(笑)

きゃ~~~色々なキャラの描きわけ――課題です^^;
そんな風に言って頂けて嬉しさのあまり卒倒しそう(≧∇≦)

  • 2012/04/03 20:05
  • YUKA
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