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誓約の地/漂流編・85<特別(8)>



誓約の地/漂流編・85<特別(8)>




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「言ったでしょ。私は自分に惚れてない男と付き合うつもりはないの」

 修平を振り払おうとする杏子の腕を掴んだまま、修平は話を続けた。

「惚れてればいいのか? 」

 無言で見つめ続ける杏子から視線を逸らさず、修平はゆっくりと語りかける。

「杏子。俺とつき合わないか?」

「は?……本気で言ってるの?」

 杏子は呆れた顔を隠そうともせず、口の端で笑うと口を開いた。
 
「それ、真面目にくどいてるつもり?」

「そのつもりだけど」

「その告白で、今の失言をなかったことにしろっていうの?」

「それは……本当にごめん。そんなことが、そんな風に言いたかったわけじゃなかった」

 話を黙って聞いていた杏子は、修平が話し終えると肩をすくめて問いかける。

「今度は、私?」

「そう言われるのはわかってたけどさ。俺も自覚できるまで戸惑ってたし」

 確かに今更間が抜けてる――そう思っても、気付いてしまった気持ちをなかった事にはできない。

「杏子とのスタートが普通の恋愛じゃなかったから、自分の気持ちに戸惑ってた。でも――杏子が他の男を選ぶかもって話した時、無性に腹を立てた自分に気が付いたんだ。何言ってんだこいつ? って」

 修平は真っ直ぐ杏子を見つめながら大きく息を吐いた。

「他のヤツに渡したくないって思った」

 杏子の手をゆっくり放すと、杏子から視線を外さずに言った。

「――でも、その渡したくないと思う感情は、SEXの相手がいなくなることへの欲なのか、好きな女への感情なのかわからなくなってたんだ」

 杏子は無言のまま、修平を見ていた。

 奇妙な沈黙が流れる。

 修平の顔を見上げていた杏子が急に噴き出した。

「なんだよ」

 戸惑いながら目を見張って杏子を見つめたあと、憮然(ぶぜん)として言い返した。

 杏子に悪戯っぽく睨まれて眉を寄せる。

 修平が口を開こうとした瞬間、杏子は肩をすくめて言った。

「単純にヤキモチってことでしょう?」

 修平は一瞬言葉に詰まる。


 その通りだった。

 色んないい方をしても、所詮はそういうことだ。

 杏子は黙り込んだ修平にかまわず、小さく笑って更に皮肉っぽく言い放つ。

「自分の気持ちがわからないなんて、案外鈍いのねぇ」

 修平はげんなりした。

 まじめに話しているのにそれはないだろうと内心愚痴ったが、実際自分の言っていることもかなり虫のいい話だと自覚しているので、強く言い返すこともできない。

 口ごもり逡巡《しゅんじゅん》している修平に、杏子は笑いかけた。

「で、自覚したの?」

 急に楽しそうな杏子の様子に、修平はますます戸惑ってしまう。

 完全に分が悪いと思いながら、修平は大きく息を吸った。

「した」

「そう」

「俺は――優奈が好きだった。あの頃、想いを断ち切りたくて杏子に縋《すが》った。杏子が俺の感情を心配してるのもわかってた。優奈を心配して俺に声をかけたのも。実際俺は癒されたから。今は切なくなることはあっても、それは終わった恋という感情だけだ」


 だからこそこのままではいられないと思った。

 もう縋《すが》る理由はないのだから。


 自分がそうであるように、相手もまた自由に相手を選ぶことが出来る関係――。

 その不確定な関係に癒された。でも既にそれでは満足しない自分に気付いた。

 惹かれているのは身体なのか、心なのか――

 そんなバカな問いを何度も繰り返した。
 
 そんなことはどうでもよかったのだ。

「そういう意味では、もう心配をしなくていい」

 結果はどうあれ、必死に足掻いて精一杯好きだったと胸を張れる。

 だからこそ前に進みたい。
 
「虫のいい話だってことはわかってる。でも俺は杏子と向き合ってみたい。だから――これから俺とちゃんと付き合ってみないか?」

 修平の話を聞いていた杏子は暫く視線を伏せた後、小さく笑ってから修平を見据えた。

「撤回するわ」

「……何を?」

「今まで通りでいいわよ。気が向いたら誘って。私もそうする」

 真剣な、からかうような口調だった。

 修平はぎょっとして、じゃあねと手を振って行こうとする杏子の腕を思わず掴んだ。

 痛いと言って睨みつける杏子の視線に一瞬ひるんだが、その腕を掴んだまま杏子に問いかける。

「どういう意味?」

「そのままの意味よ?」

「俺は、今までとは違う付き合いをしようって言ってるんだ。セフレとして付き合いたいって言ってるんじゃない。お前は違うなら、はっきりそう言ってくれ」

 とことん真顔で宣言する修平の顔を、杏子はじっと見つめていた。

 波が静かに打ち寄せ、潮風が2人の間をすり抜けていく。




 しばらく沈黙した後、杏子は小さく呟くように言った。

「私は優奈とは違う」

















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