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誓約の地/漂流編・18<錯綜(3)>



胸に去来する様々な想いに翻弄されて、

踏み出せない男(ヒョヌ)と臆病になる女(優奈)のすれ違う想い。




*錯綜(さくそう)――物事が複雑に入り組んでいること。
入りまじっていること。







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 優奈は珍しく森の奥に散歩に出ていた。

 綺麗な花を押し花にして本のしおりにしようと探していると、木々をくぐる様にして通った奥に、色んな花が咲く開けた場所があった。

 手頃な大きさで綺麗な形をしたものを慎重に選ぶ。

 萎れてしまわない様に一つずつ丁寧に紙にはさみ、持ってきた大きめの辞書にはさんでいく。


 綺麗な場所だった。

 木漏れ日の漏れる日陰は、この島にしては珍しく涼やかで、花に誘われた綺麗な蝶が飛び交っている。

 奥にある背の低い木には紅い実がなっていて、時々鳥が啄ばんでいた。

 口に含むとベリーのような甘酸っぱい味がする。

 それを少し摘んで、木陰にある岩に腰かけて休憩をする。

 ふと、ヒョヌの笑顔が浮かんだ。

 彼の切なく煌めく瞳と、優しい笑顔が大好きだった。

 見ているだけで幸せだと言い聞かせても、心が揺れて思うように自分を作れない。

 彼を知って彼の事ばかりの毎日で、写真や動画を見ては幸せな気分になれたのが遠い昔のような気がする。

 憧れのスターを本気で好きになってしまうなんて――

 遠い世界の人だったはずが、スクリーンの中に存在する人が、いつの間にか目の前にいる。

 純粋に嬉しいと喜んでいたのはいつまでだったろう。

 こんなに近くで、こんなに傍にいることができるなんて思ってもみなかった。

 実際に会った彼は、思い描いていた人物よりもっと素敵な人だった。

 優しくて、温かくて、大人で――そう、昔本気で愛した彼のように。

 気付いてしまったこの想いを抱えて、いつまでここで暮らすんだろう。

 続いてほしい、抜け出したい……

 相反する想いに呼応するように綺麗な瞳が揺れ動く。


「最近、ため息ばっかり」


 飛び交う蝶を見ながら、切なさにもう一度ため息が出た。













     ***












 ヒョヌは息を呑んだ。

 優奈を想って散策した森で、岩に腰かけ休息する優奈を見つけた。

 を浴びて座り、淋しげな頬笑みをたたえる横顔は美しかった。

 彼女の周りの空気だけがキラキラと煌めいて見える。

 優奈は今、何を思っているんだろう。

 物思いに耽る切なさを映した瞳があまりにも綺麗で、声をかけるのを躊躇った。


 蒼い大きな蝶がヒョヌの方へ舞っていく。

 その姿を追うようにして流した優奈の視線がヒョヌを捉えた。

 思いがけずお互いの視線がぶつかり、2人の時が止まる――――

 その時、風が吹いた。

 木々を揺らし音を立てて流れる風は、花の甘い香りを含んでいる。

「ヒョヌさん」

「優奈」

 お互いが呟くように相手の名前を囁いた。

 先に動き出したのはヒョヌだった。

 いつものように微笑みながら優奈の方へ歩いて行く。優奈の傍まで来ると、少し身体をかがめるようにして彼女の手元を覗きこんだ。

「何してるんですか?」

「……押し花作り」

「押し花?」

「そう。本のしおりを作るんです」

「へぇ。素敵ですね」

 そう言って笑いかけてくれる彼の笑顔に泣きそうになる。

 隣に腰かけていいかと確認するヒョヌに、優奈は無言で頷いて場所を空けようと少し横にずれた。

「整理した荷物に結構本があったので、読もうかと思って」

「そうか。優奈さんなら大概の国の本は読めますね」

 そんなことは無いですと謙遜する優奈が何故か俯いてしまったのを見て、ヒョヌは話題を変えた。

「優奈さんが勉強した中で、一番簡単だったのと、難しかったのはどこの国の言葉?」

「そうですね。難しかったのは――ロシア語」

「そうなんだ」

「ええ。発音が。日本語と遠いからかな?」

「易しいのは?」

「韓国語」

「やっぱり! そう言うよね。日本語と近い」

「そうなんです。文法がほぼ一緒。語感も似てるから憶えやすいですよ?」

「僕も日本語と英語は話せるようになりたいです」

「夢は、ハリウッドですか?」

「オファーがあれば、だけどね」

「いいですね! 話せると世界が広がります」

「そうだね」

 内緒話をするように顔を見合せて微笑んだ。

「私は今、韓国語に夢中ですけど」

「そうなの? あ、そうか。韓国に留学中でしたね」

「ええ。韓国語の言い回しって素敵なんですよね。日本語に訳すと素敵な言葉がいっぱい」

「たとえば?」

「ん――。日本だと新年の挨拶は『あけましておめでとうございます』って言うんです。韓国だと『たくさん福を受けてたくさん福を分けてください』って言いますよね? たくさん受けた幸せを多くの人にまた還元する……そういう考え方素敵だなって」

「なるほど。当り前で気付かなかった」

「でしょ? 自国だとそうですよね?」

「後は?」

「一番好きな言葉は당신의 행복은 당신이 사랑하는 사람의 행복 속에서 발견된다(あなたの幸せはあながが愛する人の幸せの中でみつかる)」

「…………」

「このフレーズ、気に入ってるんです」

「優奈さんらしい気がする」

「ホントですか?」

「はい。いつも誰かのために一生けん命だから、きっと人が好きなんだなって。愛が一杯でそれをみんなに分けてるから、優奈さんは皆に愛されるんだと思う」

「そうでしょうか?」

「そう」

 吹き抜けていく風を受けて、ヒョヌは気持ち良さそうに目を細めている。

 その綺麗な横顔を、優奈は不思議な気持ちで見つめていた。

 触れることが出来るほど近くにいて、決して届くことのない遠い人のようにも感じてしまう。

 ここでの暮らしが現実なのは間違いないはずなのに。

 傍にいることが奇跡のように感じるこの生活は、長い夢を見ているような気にもさせる。



 長い夢から醒めるように、突然終わるかもしれない現実。

 お互いの世界に戻れば終わりを告げる――それが本当の現実。





 近くて遠い人。



 その想いが棘のように刺さっていた。





















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Comment

言語っていうのは、そこに深みがありますからね。
まあ、それで誤解も生まれてしまうものですけど。
日本の言葉も風流ですけどね。
まあ、それはともかく。

やはり、俳優を志す以上、どこの国でもハリウッドは夢ですよね。ジャッキーしかり・・・。
  • 2013/05/01 19:47
  • LandM
  • URL
LandM さん
LandM さん、おはようございます^^
コメントありがとうございます♪

お返事が遅くなりました――!すみません。

言葉ってね、その国を表すものの一つだと思うのです。
意思疎通が難しいものではありますけどね。
日本語って好きですよ^^
とても風情があって^^

とはいえ、英語は必須ですね~~
ヒョヌは優奈がいますから、確実に上達するでしょう(笑)
  • 2013/05/05 09:35
  • YUKA
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