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誓約の地/漂流編・9<哀悼(4)>


<哀悼>は、episode.0<黙祷>の(1)~(7)に掲載させて頂いた内容です。


改稿にあたり、本編に組み込みました。




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 佐伯はまだ少し燻《くすぶ》り続ける穴の傍に腰を降ろした。

 かろうじて割れなかったスコッチの瓶から琥珀《こはく》色の液体をカップに注ぐ。

 少し背中を丸めて、それをちびちびと口に運ぶ。

 見覚えのあるその後ろ姿を見て、優奈は一瞬声をかけるのを躊躇《ためら》った。



 母が亡くなったあと――

 真夜中に母の位牌の前で、背中を丸めてお酒を飲んでいた父の後姿と被る。
 
「どうした?」

 優奈の気配に気付いた佐伯が振り返り、優奈に微笑みかける。

 優奈はその声に弾かれたように移動して佐伯の傍に腰を降ろし、持ってきたナッツの袋を手渡した。

「お酒を飲んでいらっしゃるって聞いて。――これ、おつまみです」

「お、いいね。ありがとう」

「お知り合い、だったんですか?」

「ん?」

「今日運ばれたご遺体を見た時から、先生が落ち込んでいるように見えたので」

「ああ、なるほど」


 顔に出さないようにと心掛けていたが、どうやら気付かれていたらしいと佐伯は苦笑した。

 きっと心配してきたんだろう。

 あれこれと人のために奔走しながら、常に人を思いやる――優しい子だと思った。



「彼はあの船の船長でね、――友人だったんだ」

「…………」

「時々チェスをしたりしてたんだが、恐ろしく強くてね。一度も勝ったためしがない。勝ち逃げだと愚痴っていたところなんだよ」

「……そう、だったんですか」

「航海中はなかなか忙しいんだが、あの船長室で非番の時はよく酒を飲んでた。あいつは、人に酒を勧める割に自分は飲まないんだよ。いつ何があるかわからないからと言ってね。医者は何人か乗船しているから大丈夫だが、船長は一人だから――そう言って。だったら酒の席を設けなきゃいいと言ったんだが、飲まなくてもつまらないとは言ってないというんだ。一人で飲む身にもなれと言ってやったよ」

「…………」

「本当に一人で飲むことになっちまったなぁ」

 佐伯はカップの中のスコッチを眺めながら、またひとくち口に含んで静かに微笑んだ。

 まるで懐かしい想い出を語るような口調だったが、目の奥には悲しみが宿っている。


 親しい友人の死――


 船医だったのだ。

 自分たち以上に知り合いも多く乗船していたはずだった。

 見つかる人達がみんな亡くなっているこの現実は、医師という職業とはいえ辛くないはずがない。

 一度もその事を口に出さず、常にみんなの体調を気にしながら過ごす佐伯を見ていた。


 自分が言いだしたことは、酷く傷つけることだったのではないか――


 そう思うと胸が痛い。

 優奈は何だか申し訳なくて、かける言葉が見つからなかった。




「ありがとう」

 佐伯の一言に、優奈は驚いて顔をあげた。

「え?」

「もし。――もし彼が生きていたら、優奈さんと同じことを言ったと思う」

「…………」

「自分の船に乗り込んだ乗客とクル―をそのままには出来ない――そう言ってね」

「…………」

「真面目なやつでね。乗客とクル―の安全を最優先で考えていた。まだ死ぬには早いと思っていたが、航海中に船で死ぬなんて、アイツらしいと言えばアイツらしいかな」

 泣きそうな顔をして黙っている優奈を見て、佐伯は静かに微笑んだ。

「だから、気に病むことはない」

「…………」

 親し友人の死を悼むこの時間でさえも、自分を気にかけてくれる佐伯の優しさに泣きそうになる。

 いつもいつも、自分を守り励ましてくれた大好きな父を思い出していた。

「みんなを精神的に追い込んでいるんじゃないかって、不安なんです」

「…………」

「ただでさえ、この状況は不安だらけだと思うんです。救助がいつ来るかわからないですし」

 どうしたらいいか――優奈はそう言って、ため息をつきながら苦笑する。

「確かに、発散する必要はあるかな」

「発散、ですか?」

「そう。悩んでばかりでは身体に悪い。それでなくてもストレスが溜《た》まると色々なところに変調が来るからね。特に若い連中は何か発散することをしていかないと、最初の頃のように若干攻撃的になる」

「…………」

「何でもいいんだよ。スポーツでも、ゲームでも。楽しいと思うことをすればいい」

「楽しいと思うこと……」

「連絡方法がないとわかった今、ただ待つしかないからね。私が記憶している航路に、こういう島は存在していなかった。だから、一体この島はどの辺にあるのか正確な位置がわからない。そんな状況で海に出たら、助かるものも助からない」

「…………」

「優奈さんが言ったように、救助を待つ間元気で生き抜くためにはね。こんな状況だからって、いつも深刻に考えたり、俯《うつむ》いている必要はない。むしろこういう環境だからこそ笑ったり楽しんだり――『遊び』の部分が必要だと思う。そういうことで解消する方が心のバランスを取り易い」



 今必要なこと――

 それが一つ見えた気がして、優奈は小さく微笑んだ。

「そうですね」

 何か考えます――優奈は小さくガッツポーズをして意気込んだ。

「大丈夫。遊べって言ったら、喜ぶ奴の方が多いと思うぞ?」

 佐伯は優奈の肩をぽんと叩いて笑った。

















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Comment

こんばんは!

おお、ここはいつぞやの・・・・
佐伯先生と優奈さんの深みのあるシーンですね!
この場面を切り取って、ショートショートにできちゃえる・・・って前も書きましたね(笑)
でも、ほんとにここはそれだけ素晴らしいシーンだと思います。恋愛の中で、深い大人の悼み・・・感慨深いです!
応援してます!
なによしさん、こんばんは^^
なによしさん、こんばんは^^
コメントありがとうございます♪
もう、なによしさんは読んでましたね^^
このシーンは、好きなシーンでもあるので追加しました。

そのおかげで、もしかすると全8話になるかもですが^^;;;
応援ありがとうございます^^
  • 2011/12/03 01:43
  • YUKA
  • URL
こんにちは〜今日も遊びにきました+゜。*゜+

昨日ジェントルマン佐伯が気になるってコメしたら
今日は彼のお話でちょっとドキッとしたよ〜(●´∀`)ノ
いいね、すっごく渋いよね。
人生経験豊富なジェントルマンって本当に素敵+゜。*゜+
きっと凄いカッコいいんだろうな+゜。*゜+

そしてやっぱり伝わる優奈の優しさ。
良いね〜+゜。*゜+
側に居るだけで癒されそうなオーラが出てる。
優しすぎて、人を思いやりすぎて....
いつか倒れてしまうんじゃないんだろーか?
って思う時もあるけど、
優奈は強い女性でもあるもんね。
優奈、最後まで頑張れ!!
ヒョヌ、しっかり支えてあげて!!
チョコさん
チョコさん、こんばんは^^
コメントありがとうございます♪すっごく嬉しい~*^^*

ね!佐伯先生評判が良くて~~(笑)
このエピで、佐伯先生株急上昇です

優奈の優しさ伝わりますか?^^
ちょっと気を使い過ぎですよね^^;;
でも、それが彼女にとっての普通なので。。。
だからこそ、杏子姐さんは心配しているんですが^^

そうです!ヒョヌが守ってくれないとね!^^
  • 2011/12/28 17:02
  • YUKA
  • URL
  • Edit
その遊びの要素を作れるかどうかは慣れもあるんですけどね。
まあ、切羽詰った状況ではあまり遊びが作れないんですよね。
2年3年やっているうちに出てくるものですからね。
彼らが2,3年無人島で過ごせば遊びの要素も生まれる・・・ってそこまでいくと駄目か。
  • 2013/04/03 21:03
  • LandM
  • URL
LandM さん
LandM さん、こんばんは^^
コメントありがとうございます^^

遊びの要素――そうですね。慣れってあると思います^^
個人差はありますが、馴染むまでにはどこかいっぱいいっぱいで、遊びどころじゃないですから^^
慣れてきたというその余裕が、遊びに繋がるものなのだと思います^^
2年3年……あ、ばれてる?!(笑)

彼らはね~~~~そうそう帰れません。
少なくとも第一章が終わるまでは(笑)
LandM さんの鋭いコメントにドッキドキしてます。個人的に^^

本日も読んでくださってありがとうございました!!^^
  • 2013/04/04 19:24
  • YUKA
  • URL
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