【誓約の地・番外編】 修平の述懐(中話)
- Day:2013.02.24 22:00
- Cat:修平の述懐
【誓約の地・番外編】修平の述懐(中話)
述懐――心中の思いをのべること
岩場で釣り糸を垂らす修平に、杏子が声をかけた。
いつものように笑う杏子を見て、修平は空を仰ぐ。
いつの間にか俺は、驚くほど杏子に夢中だった。
軽口の中に愛を紡ぐ、修平視点・恋人同士の日常。
3話完結
133話<懺悔(19)>読了推奨
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「釣れてる?」
その声に顔をあげると、いつの間にか杏子が傍に立っていた。
「全然」
そう言った俺の傍で、杏子は首を傾げている。
「あら、釣れないのに楽しいの?」
「釣りってのは、こういう時間も楽しむんだよ」
隣に腰を下ろした杏子を諭すと、杏子は肩を竦めた。
「なんかいい事があったのかと思ったわ」
「なんで?」
「……何となくね」
「なんだそりゃ」
柄にもなく照れてはぐらかしたが、杏子は相変わらずだなと思う。
いいことか。いいことなんだろうな。
ヒョヌさんが席を立った後、俺はずっとその時の会話を反芻していた。
ヒョヌさんの何気ない言葉が、交わした何気ない会話が、俺の中の小さなわだかまりを軽くしてくれた。
礼を言わなければいけなかったのは、俺の方だ。
「修平」
突然改まって呼ぶ声に思わず振り返る。
杏子は視線を海に向けたまま、微笑んでいた。
綺麗な横顔に柔らかくなった日差しが踊っている。
「この間はありがとう」
ちょっと驚いて杏子を見た。
「何が?」
「優奈の失踪の時。自分でもびっくりするほど冷静じゃなかった。修平のおかげで持ち直したわ」
「ああ、あれか」
日焼けは嫌いだと言ってなかなか日差しを浴びたがらない杏子が、木陰のないここまで来たのはそのためだったのか。
「そりゃあ良かった」
思わず笑ってしまった。
優奈のため――
あらかじめ話しあっているわけではないだろうが、ヒョヌさんと杏子は時々リンクした行動を取る。
想いが共通するんだろう。
優奈のこととなると人が変わる2人は、別々の場所で同じことを考え、同じことを言ったりする。
本人たちにはその認識が無いようだが、聞いてるこっちは苦笑するしかない。
なんせ、2度聞くのだ。
きっと優奈の方がそれを感じているだろうと思う。
……あいつも意外と大変だ。
「冷静で男らしかったわ」
そう言って悪戯っぽく笑う杏子の横顔は、相変わらず綺麗だった。
反射した光をその瞳に映して、まとめ上げた髪から零れたおくれ毛を時々手で払う。
あれ以来何となく沈んでやつれた顔を見せる杏子が、今日は少し楽しそうだ。
そのことに安堵する。
そのまま二人並んで、暫く海を見ていた。
「なぁ、杏子」
「なあに?」
「俺は、お前の彼氏だろう?」
杏子の眉が少し上がった。
声も無く、訝しんで先を促す視線を感じる。
「……優奈を守るのはヒョヌさんの役目だ」
杏子の目がきらりと光った。
「……女らしくしてろって?」
俺は「まさか」と笑って首を振った。
「杏子は充分女だろ?」
「当り前でしょう? 何度も寝ているのに、まさかそこを疑ってるの?」
「いや……そういう意味じゃなくて」
口の端をあげて俺を見る目に鋭さが宿り、笑いかけても杏子の目は笑っていない。
「彼女らしくしろって? 男に守ってもらうことが当り前だと思ってる、可愛い仮面を被った「女らしい女」がお好み? 男に縋って弱々しい振りをしながら、打算と愛きょうで駆け引きするような?」
――おいおい。
「……随分「女」に対するイメージが手厳しいな」
「くだらない女を、吐いて捨てるほど知ってるからね」
お前もその「女」の一人だろうに。
「それが一般的な女だとは言わないが――」
そう言うと、何か言いたげに眉をあげる。
「お前が一般的な女みたいだなんて思ったことはない。そもそも杏子が一般的な女の括りに入るなんて思ってない」
杏子が「女」の基準になったら、一般の女にもこの上なく迷惑な話だ。
「杏子が普通の女より強いことは知ってる。護身術のひとつかもしれないが、それでもそれが武器になるほどには身につけてるってことも。普通の男じゃ太刀打ちできないだろうな」
一体どんな人生を歩いてきたんだと、突っ込みたくなる気持ちをかろうじて押し留めた。
杏子はあの相田一族の本家、相田会長の一人娘だ。
現在は解体された財閥の名残りを残す相田家は、俺でも知っている大企業群の中核に位置する一族。
大企業では今時珍しく、本家を中心とした親族経営を続けている。
曽祖父は日本でも屈指の大企業を作り上げた。
彼は「近代経営の祖」と呼ばれ、経済を勉強すれば必ず名前が上がるほどの偉人。
そしてその理念を受け継いで、その企業を世界屈指の会社にまで押し上げた剛腕・相田俊也を父に持つ。
金持ちには金持ち独特の世界とルールがある。
そしてそれは綺麗ごとばかりではないことも知っている。
普通の女に必要のないことも、生きるために身につけることが必要だったんだろう。
そこに生まれた杏子には、まだ俺の知らない顔もあるのだと思う。
「俺はこれでも「性別」だけに拘る封建的な野郎は嫌いだ。男女同権を声高に叫ぶ人種も好きじゃないが、男も女も無く適性を重視すべきだってぐらいには柔軟なつもりだぞ? 杏子は飛びきり頭も勘も良くて、物怖じしない豪胆な性格だってことは知ってる。大概のことは、機転と知恵で乗り切るだろうしな。一般的な女らしさは感じないが……うん、まぁ、女らしいお前は少し怖い気もするからそれはいいんだけど。傍若無人なその態度も、男より男らしい潔さも嫌いなわけじゃない」
それを聞いて、随分な言い草だと杏子は笑った。
確かに、と思う。
それでも怒るどころか、少し嬉しそうな杏子も充分変わっている。
「女の趣味としては、どうかと思うわよ?」
「……お前が言うな」
杏子がまた楽しそうに笑う。
「それでも俺はあの時……お前の方が心配だった」
気がつけば随分と日が傾いてきてた。
ジリジリと照りつける日差しは柔らかくなり、吹き抜ける風も心なしか涼しく感じる。
辺りに溢れる陽の光が作りだす影が、少し伸びていた。
「もちろん優奈の心配はしてた。でもヒョヌさんが優奈の心配をするように、俺はお前が心配だったんだ。優奈のこととなると目の色が変わるお前が、なにか無茶をするんじゃないか……それをずっと」
「私が……へまをするかもって?」
「いや。でも無茶をしようとしたろ?」
「…………」
黙って俺を見ている杏子の顔には笑みが張り付いていた。
「素直に、愛してるから凄く心配なんだって言えばいいじゃない」
「そうだよ」
即答する俺に、杏子がちょっと目を見張る。
「愛してるから、お前が大事だと思うから、心配するんだよ」
優奈を心配する杏子を良く知っている。
親友の危機を案じるその想いも理解している。
それを否定する気はない。
「だから、あんまり無茶をして……心配させんなよ」
杏子は暫く黙って俺を見ていた。
その瞳に俺が映っている。
杏子から見える俺は、どんな姿だろうか。
突然腰を浮かせた杏子は綺麗な身体のラインをゆっくりとくねらせながら、胡坐をかく俺の膝の上に陣取っていく。
「……おい」
そう言って苦笑した。
それでも両手を後ろについたまま、俺は好きなようにさせておいた。
杏子は器用に身体を丸め、俺の胸に顔を埋めながら腰に手を回す。
何度ももぞもぞと動いていたが、暫くすると静かになった。
どうやら上手いポジションを見つけたらしい。
「返事は?」
「惚れ直した」
「……なんだそりゃ」
思わず笑ってしまった。
杏子は人に触れるのが案外好きなんだということに、付き合ってから気が付いた。
それこそ人の都合は関係ない。
気が向くと、まるで猫のようにしなやかな身体を丸めて自分の居場所を作った。
杏子の唇が俺に重なる。
片手で杏子の身体を支え、それに応えていく。
絡みつく杏子の体は柔らかく、肉付きの割に華奢な身体は、とてもいい香りがした。
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「釣れてる?」
その声に顔をあげると、いつの間にか杏子が傍に立っていた。
「全然」
そう言った俺の傍で、杏子は首を傾げている。
「あら、釣れないのに楽しいの?」
「釣りってのは、こういう時間も楽しむんだよ」
隣に腰を下ろした杏子を諭すと、杏子は肩を竦めた。
「なんかいい事があったのかと思ったわ」
「なんで?」
「……何となくね」
「なんだそりゃ」
柄にもなく照れてはぐらかしたが、杏子は相変わらずだなと思う。
いいことか。いいことなんだろうな。
ヒョヌさんが席を立った後、俺はずっとその時の会話を反芻していた。
ヒョヌさんの何気ない言葉が、交わした何気ない会話が、俺の中の小さなわだかまりを軽くしてくれた。
礼を言わなければいけなかったのは、俺の方だ。
「修平」
突然改まって呼ぶ声に思わず振り返る。
杏子は視線を海に向けたまま、微笑んでいた。
綺麗な横顔に柔らかくなった日差しが踊っている。
「この間はありがとう」
ちょっと驚いて杏子を見た。
「何が?」
「優奈の失踪の時。自分でもびっくりするほど冷静じゃなかった。修平のおかげで持ち直したわ」
「ああ、あれか」
日焼けは嫌いだと言ってなかなか日差しを浴びたがらない杏子が、木陰のないここまで来たのはそのためだったのか。
「そりゃあ良かった」
思わず笑ってしまった。
優奈のため――
あらかじめ話しあっているわけではないだろうが、ヒョヌさんと杏子は時々リンクした行動を取る。
想いが共通するんだろう。
優奈のこととなると人が変わる2人は、別々の場所で同じことを考え、同じことを言ったりする。
本人たちにはその認識が無いようだが、聞いてるこっちは苦笑するしかない。
なんせ、2度聞くのだ。
きっと優奈の方がそれを感じているだろうと思う。
……あいつも意外と大変だ。
「冷静で男らしかったわ」
そう言って悪戯っぽく笑う杏子の横顔は、相変わらず綺麗だった。
反射した光をその瞳に映して、まとめ上げた髪から零れたおくれ毛を時々手で払う。
あれ以来何となく沈んでやつれた顔を見せる杏子が、今日は少し楽しそうだ。
そのことに安堵する。
そのまま二人並んで、暫く海を見ていた。
「なぁ、杏子」
「なあに?」
「俺は、お前の彼氏だろう?」
杏子の眉が少し上がった。
声も無く、訝しんで先を促す視線を感じる。
「……優奈を守るのはヒョヌさんの役目だ」
杏子の目がきらりと光った。
「……女らしくしてろって?」
俺は「まさか」と笑って首を振った。
「杏子は充分女だろ?」
「当り前でしょう? 何度も寝ているのに、まさかそこを疑ってるの?」
「いや……そういう意味じゃなくて」
口の端をあげて俺を見る目に鋭さが宿り、笑いかけても杏子の目は笑っていない。
「彼女らしくしろって? 男に守ってもらうことが当り前だと思ってる、可愛い仮面を被った「女らしい女」がお好み? 男に縋って弱々しい振りをしながら、打算と愛きょうで駆け引きするような?」
――おいおい。
「……随分「女」に対するイメージが手厳しいな」
「くだらない女を、吐いて捨てるほど知ってるからね」
お前もその「女」の一人だろうに。
「それが一般的な女だとは言わないが――」
そう言うと、何か言いたげに眉をあげる。
「お前が一般的な女みたいだなんて思ったことはない。そもそも杏子が一般的な女の括りに入るなんて思ってない」
杏子が「女」の基準になったら、一般の女にもこの上なく迷惑な話だ。
「杏子が普通の女より強いことは知ってる。護身術のひとつかもしれないが、それでもそれが武器になるほどには身につけてるってことも。普通の男じゃ太刀打ちできないだろうな」
一体どんな人生を歩いてきたんだと、突っ込みたくなる気持ちをかろうじて押し留めた。
杏子はあの相田一族の本家、相田会長の一人娘だ。
現在は解体された財閥の名残りを残す相田家は、俺でも知っている大企業群の中核に位置する一族。
大企業では今時珍しく、本家を中心とした親族経営を続けている。
曽祖父は日本でも屈指の大企業を作り上げた。
彼は「近代経営の祖」と呼ばれ、経済を勉強すれば必ず名前が上がるほどの偉人。
そしてその理念を受け継いで、その企業を世界屈指の会社にまで押し上げた剛腕・相田俊也を父に持つ。
金持ちには金持ち独特の世界とルールがある。
そしてそれは綺麗ごとばかりではないことも知っている。
普通の女に必要のないことも、生きるために身につけることが必要だったんだろう。
そこに生まれた杏子には、まだ俺の知らない顔もあるのだと思う。
「俺はこれでも「性別」だけに拘る封建的な野郎は嫌いだ。男女同権を声高に叫ぶ人種も好きじゃないが、男も女も無く適性を重視すべきだってぐらいには柔軟なつもりだぞ? 杏子は飛びきり頭も勘も良くて、物怖じしない豪胆な性格だってことは知ってる。大概のことは、機転と知恵で乗り切るだろうしな。一般的な女らしさは感じないが……うん、まぁ、女らしいお前は少し怖い気もするからそれはいいんだけど。傍若無人なその態度も、男より男らしい潔さも嫌いなわけじゃない」
それを聞いて、随分な言い草だと杏子は笑った。
確かに、と思う。
それでも怒るどころか、少し嬉しそうな杏子も充分変わっている。
「女の趣味としては、どうかと思うわよ?」
「……お前が言うな」
杏子がまた楽しそうに笑う。
「それでも俺はあの時……お前の方が心配だった」
気がつけば随分と日が傾いてきてた。
ジリジリと照りつける日差しは柔らかくなり、吹き抜ける風も心なしか涼しく感じる。
辺りに溢れる陽の光が作りだす影が、少し伸びていた。
「もちろん優奈の心配はしてた。でもヒョヌさんが優奈の心配をするように、俺はお前が心配だったんだ。優奈のこととなると目の色が変わるお前が、なにか無茶をするんじゃないか……それをずっと」
「私が……へまをするかもって?」
「いや。でも無茶をしようとしたろ?」
「…………」
黙って俺を見ている杏子の顔には笑みが張り付いていた。
「素直に、愛してるから凄く心配なんだって言えばいいじゃない」
「そうだよ」
即答する俺に、杏子がちょっと目を見張る。
「愛してるから、お前が大事だと思うから、心配するんだよ」
優奈を心配する杏子を良く知っている。
親友の危機を案じるその想いも理解している。
それを否定する気はない。
「だから、あんまり無茶をして……心配させんなよ」
杏子は暫く黙って俺を見ていた。
その瞳に俺が映っている。
杏子から見える俺は、どんな姿だろうか。
突然腰を浮かせた杏子は綺麗な身体のラインをゆっくりとくねらせながら、胡坐をかく俺の膝の上に陣取っていく。
「……おい」
そう言って苦笑した。
それでも両手を後ろについたまま、俺は好きなようにさせておいた。
杏子は器用に身体を丸め、俺の胸に顔を埋めながら腰に手を回す。
何度ももぞもぞと動いていたが、暫くすると静かになった。
どうやら上手いポジションを見つけたらしい。
「返事は?」
「惚れ直した」
「……なんだそりゃ」
思わず笑ってしまった。
杏子は人に触れるのが案外好きなんだということに、付き合ってから気が付いた。
それこそ人の都合は関係ない。
気が向くと、まるで猫のようにしなやかな身体を丸めて自分の居場所を作った。
杏子の唇が俺に重なる。
片手で杏子の身体を支え、それに応えていく。
絡みつく杏子の体は柔らかく、肉付きの割に華奢な身体は、とてもいい香りがした。
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