得る者、失う者。
優奈とヒョヌ、やっと手に入れた優しく甘い2人の時間をキッカケに
揺れ動くそれぞれの想いは、少しずつ進み始めていく――。
【図解】誓約の地の世界を地図で語る。
ここまでの島での生活を、島の地図でご紹介♪
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修平は苛立っていた。
この間まであったヒョヌと優奈の距離が、急速に縮まっている気がするからだ。
2人は、いつもほとんど一緒にいない。それなのに近づいた距離を感じる。
軋むような心を抱え、何かを振り切るように泳いでいた。
泳ぎに来る前に声を掛けようとして躊躇った、優奈の顔を思い出す。
女の子たちと談笑する優奈はいつも以上に美しく、潤んだ瞳は艶やかに輝き、少し首をかしげて笑う仕草は切なくなるほど可愛かった。
いつもなら、間違いなく声を掛けている。声を掛けても何の問題も無い。
しかしその艶やかな笑顔は、遭難当時ヒョヌを見て微笑んでいた、その頃の優奈のものだと気づいてしまった。
自分が告白したあの日からずっと、ヒョヌを見る優奈の表情は切なげだった。
自分の想いを打ち消そうと揺れる瞳をずっと見てきた。
今はアイツを好きでもいい、ゆっくりでいい、いつか自分を見てほしい――そんな風に願っていたのに。
――何があった?
嫌な予感に苛まれながら、突き出すように海に伸びる岩場に腰を掛けた。
ここは修平のお気に入りの場所だった。
考え事をする時、一人になりたい時……
すっきりさせるために、ひとしきり泳いだ後でここに腰を掛けて海を眺める。
いつもの浜辺からは大分離れているため、ここは見えない。
岩場が多いので、みんなもさすがにここまで来ないのだ。
何となく浜辺に視線を流すと、珍しく誰かが来る。
「――――!」
ヒョヌと優奈が腕を組んで歩いていた。
2人からは死角になって見えないはずだが、修平は思わず大きな岩の反対側に隠れた。
2人が海に突き出た岩場へ歩いてくる。修平の場所からほんの数メートル。
今ここに自分がいてもおかしくはないとわかっているのに、何故か2人と対峙することが躊躇われて、息をひそめ様子を伺う。
耳の中で、自分の心臓の音だけが反響していた。
「こんなとこもあったんだね」
「そうだね。みんな、あんまりこっちに来ないから」
「知ってたの?」
「前に一回来た」
「一人で?」
「一人で」
先端近くに少しの段差があり、ちょうど椅子のようで腰掛けるのにちょうどいい。
いつも泳ぎ疲れると、修平が腰かけて海を眺める場所だ。
ヒョヌは優奈をそこへ誘導し、片膝を立てるようにして先に座り、後ろから優奈を抱きくるむようにして座らせた。
「――――!」
ヒョヌは優奈の腰を抱えるように手をまわし、自分の頬を優奈の頬に近づけた。
彼の手に自分の手を乗せ、後ろに身体を預けている。
どこから見ても、愛し合っているカップルの図に、修平の奥歯がキリキリと音を立てた。
「いい香りがする」
「ん?」
「いつも甘い香りがするんだ」
「何が?」
「優奈が」
首筋に顔を埋めるようにすると、優奈がくすくすと笑いだした。
「くすぐったい」
「そう?」
「もぅ!」
優奈は、身体をよじるようにしてヒョヌを見ると、優しく微笑む彼と目があった。
ヒョヌは優奈の頭を片手で支えて、ゆっくりと唇を重ね、舌を絡ませていく。
優奈は自分を支えるために、ヒョヌの腰を掴んでいた。
その指先に自然と力が入る。
ヒョヌはそれを感じながら、さらに深く口づけいく――
甘く長いキスだった。
次第に優奈は口づけたまま両腕をヒョヌの首に回す。
彼は優奈の細い腰と背中を支えるようにして抱きしめる。
両手をヒョヌの首に掛けたまま優奈はそっと唇を離し、双眸を伏せて小さく息を吐いた後、視線を上げてヒョヌを見る。
彼の熱い視線を受けて、ハニカミながら再び視線を落とした。
「……そういうこと、か」
こんな風に知るとは思わなかった。しかし、こんなことではないかと思っていた。
予感は当たった。
2人に感じ始めた違和感の正体。
――ずっと感じていた胸騒ぎは、自分自身の恋の終焉。
修平の心臓の音が、耳の中で反響するかのようにこだましている。
繰り返される甘い時間――
それはあまりに美しくて、同時に酷く残酷だった。
切りつけられるような胸の痛みに、浅い呼吸を繰り返す。
小刻みに震える指先を無意識に握りしめて、口の端を上げた。
せり上がってくる感情に動かされて、唇を奇妙に歪めただけの彼の表情には、陰鬱な嘲笑が浮ぶ。
泣きたいのか、それとも笑いたいのか。
それさえわからないまま、修平はその場を静かに立ち去った。
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